15 幸せのかたち 6

豊吉はそれ以上昔の事を思い出す行為はしなかった。それ以上しても苦しくなるだけだと思ったのだ。
そして、彼は随分と昔に会社勤めをしていた時と、家族と過ごしたわずかな記憶だけを思い出すだけで他は何一つ思い出さなかった。
ただ、目の前にいる風雅には何故かずっと行動していたような気がしたのだ。だから豊吉は今は彼にしか託すことができない願いを一つ言う。
「風雅君…といったね。もし君さえよければ、一つだけ私の願いを聞き入れてくれないか」
「なんですか?」
「もし私に何かあって、もし君が私の家族と会うことが出来たのなら、伝えて欲しいんだ」
「…なんと伝えればいいのです?」
「『ずっと愛してた』と」
風雅は暫く豊吉から目をそらして後、じっと彼を睨んで言う。
「それはご自分で伝えるべきでしょう」
豊吉はその言葉が返ってくることは既に判ってたようだ。だから少し笑いながら、「ああ、そうだ。そうだな…でも」と続けて、
「私にはそれを言う資格はないんだよ」
そう言った。