15 幸せのかたち 5

居酒屋は平日という事もあって空いていた。
カウンター席に2人陣取って酒や料理を注文する。そして仕事の話などを暫く続けた後、後輩は手帳を取り出して中に挟んである写真を取り出してまじまじと見つめた。
「家族の写真か?」
「ええ」
「確か、君んとこは先月産まれたんだっけかな」
「ええ。可愛いですよね、赤ちゃん」
それを聞いて何故か豊川はため息をついていた。
「どうしたんです?」と、異変に気付いて後輩は言う。
「いや…なんなんだろうな。君が羨ましくなってきたのかも知れない」
「またまた〜。豊川さんとこだって、お子さん小さいじゃないですか?一番可愛い時期だと思いますよ」
「いや、そういう事じゃないんだ」
「?」
豊川は話していいものかと躊躇した。今朝の自分の妻とのやり取りや、今までの家族に対する自分の考え方などを。相手は後輩だ。ただ、彼の知る限りはその後輩はいつもまっすぐな性格で、裏表は無い。
暫く考えてから話すことにした。
「自分も結婚するまでは結婚して、子供をもうけて、マイホームを建てて、それが幸せな事なんだと思ってた。誰もがそれを夢見てるものだと、少なくとも自分の目にはそう映っていたしな。疑いなく君だってそう見えるよ、すごく幸せそうだ。だが、いざ自分がその立場になった時に本当に幸せなのかって思うようになったんだよ」
後輩はにこやかにしていた表情をそのままにしておくべきかどうか迷っているようだ。反論するわけでもなく、肯定するわけでもなく、そのまま豊川の話を聞いていた。
「今度の日曜日に家族で小旅行に行くことになってたんだよ。随分前から計画しててさ、でも仕事が入った。仕事を断るわけにもいかんので妻にそれを話したら喧嘩になったよ。まぁ、当然だな。『家族と仕事、どっちが大切なのよ!』ってな。まるで台本でも見てるかのような事を言われたよ。言われて初めて、ふと、いつも自分は仕事に逃げてるんじゃないかって思ったんだよ。家に帰るよりも会社に居るほうが気持ちが楽なんだ」
「ああ、その気持ちはわかりますよ。自分も奥さんと喧嘩した時なんて、家に戻りたくないですもん」
「確かに、そうなんだが…。そもそも家族ってのは、逃げずに立ち向かうものなんだろうかってな。そう思ったんだよ。家ってのは帰る場所だろう。その帰る場所に『帰りたくない』って思うのなら、そこはもう帰る場所でも、自分の家でもなんでもないんじゃないかって…」
豊川の後輩は、彼が話そうとしてることが自分が考えていたよりも重い話だったのに気付いて、焦ってフォローしようとする。そうしなければ豊川は何か重たい決断の一つをしてしまうのではないかと、直感的に悟ったのだ。
「豊川さん、奥さんと仲良くしたほうがいいですよ!」
だがその台詞も豊川の想定の範囲内だった。挨拶のようなものだ。
「まだお子さんだって小さいんですし…」と続けて後輩は言う。
「いや、別に何かしようってわけじゃないんだ。ただ感想をね、言っただけなんだよ。君んところは妻も居て子供も出来て、幸せだと思うよ。それを否定するつもりはないんだ。幸せになってほしい。ただ、何が幸せで何が不幸なのかっていうのも、人によって違うんじゃないかって思うんだ。自分にとっての幸せは結婚じゃなかった。と、ふと思っただけだよ」