4 変化

一時的に病院とされた施設では収容された患者がパニック状態となっていた。
ある者は鏡で自分の姿を見て叫び、そして自らの叫び声を聞いてまた叫ぶ。ある者は医者へ事情を聞こうと攻め寄るも、何も情報が得られれずただイライラする。ある者は頭を抱えてただ座って時間が経つのを待つ。そしてある者は全てを悟ったのか休憩室でテレビでも見ながら自販機でコーヒーを購入して、そしてタバコを吹かす。
雄輝も先ほどまでは鏡の前で叫んだり部屋をうろうろしたりしていたが状況をようやく把握できたのか、どうやって佐藤を起こすべきかを考え始めていた。朝起きてからすぐに病院へと運ばれたため、雄輝は寝巻き姿のままだった。男モノの寝巻きが『女性になった身体』に大きすぎて違和感がある。それだけではない、あるべき女性の上の下着が無いのだからさらに違和感がある。
隣ではすやすやと気持ちよさそうに眠っている、以前は『佐藤』と呼ばれた『女性』がいる。それを見ていると少しイラついてきていた。自分は身体の予想外の変化に絶望や不安を抱いているというのに、目の前の女性…佐藤はすやすやと眠っているのだから。
「おい、佐藤」
絶えかねて雄輝は、佐藤の肩を揺すって眠りから覚ます。何回かやっても起きないので強く揺する。
「ん…ん〜…」
予想外の可愛らしい声が響く。だから本当にそれが佐藤なのかを改めて確認したくなるほどだ。だが着用している服は明らかにこの施設に来る前に佐藤が着ていたものだ。
佐藤はようやく薄目を空けて目の前にいる雄輝を見つめる。佐藤の目の前には自分と同年代ぐらいの男モノのパジャマ姿でノーブラの女性が不安そうな顔でいるのだ。
「お?おぉ?」
マヌケな声を出して佐藤は身体を起こす。そして何をどう解釈したのか、
「や、やぁ」
と目の前の女性(雄輝)に軽く挨拶をする。流石にすぐに状況は把握できないだろう、と雄輝は佐藤が異変に気づくのを待った。まずは自分の声がなぜ女声になっているのかで慌てるはずだった。
「へ?あれ?」
そして次は自らの身体の特に胸の部分に違和感を覚えるだろう。佐藤は「わお」と言いながら自らの胸を両手で鷲づかみしている。
「何これ?な、なんだぁ?」
佐藤は雄輝が思っていたとおりに、鏡の前へと急いで行き、自らの姿を確認している。叫び声をあげながら。それから「白石!白石!」と雄輝を呼び始めたので「何だ?」と答える。
「あれ?白石は?」
「ここだよ」
まだ状況を把握出来ていない様だったので、雄輝は佐藤の目の前で彼女(佐藤)の肩をがっしりと掴んで
「俺が白石雄輝、んでお前は佐藤だろ?なんだかよく判らんけど、俺達、身体が女になったみたいだ」
「はっはっは…マジで?」
「さっき鏡見てきたんじゃないのか」
「誰なんだ?あの鏡の中の女の人」
「佐藤だよ。佐藤!お前は『佐藤孝明』。バイトでカレー汁がついた椅子に座って、ケツにうんこ付いてるって笑われまくって、1ヶ月間うんこ漏らした野郎だって噂が立っていた佐藤孝明だよ」
「え、君、なんで知ってるの?」
「だから…俺が白石雄輝だからだよ」
二人がそんなやり取りをしていると、構内放送で呼び出しが掛かる。内容は患者全員が講堂へと集まるように、との事だった。それは何らかの説明が医者の視点からされるという事を意味している。
渋々と佐藤は起き上がり、指示された通りにと雄輝と講堂へと向かう。現在の状況を理解するまで少なくとも佐藤よりは十分な時間のあった雄輝は講堂に向かう廊下でも落ち着きがあった。だが佐藤は先ほどから胸を触ったり、以前はそこにあった男性の性器の部分がなくなっているのを手で確かめたりしている。「おい、やめろよ、恥ずかしい」などと雄輝が言うも、一向に聞こうとしない、以前佐藤であった女性。
講堂では医師らしき服を着た数名の男達がモニタを前に状況の説明をしていた。
雄輝達が感染したと思われる原因不明の病、それは新種のウイルスによるものである事、そしてそのウイルスは早速『信越ウイルス』と命名されていた。
信越ウイルスはウイルスそのものの中に生体エネルギーがあり、それらによって身体の代謝が著しく上昇、その後、体内で女性ホルモンに似た物質が増え、身体が急激に女性へと変化するというものだった。その説明に平行して、ウイルスを顕微鏡で拡大したものがモニターに映し出される。白黒の拡大図は一見すると宇宙ステーションを思わせる形状だ。ウイルスがそのような奇怪な形状をしている事は雄輝も知っていたが、それでも今までに見た事のあるどれでもなかった。そこまで説明して、医者は「まだ原理が解析できていない部分が多くある」と説明した。
案の定、その後、多くの人間が思っている不満が野次となって医者達に向けられる。何故川上村限定なのか、軍の関与は無いのか、ウイルスではなくナノマシンではないのか、何故若い男性だけが発病しているのか。
だが何よりも身近な問題としてあるのは、女性として今後、ひょっとすれば一生を過ごさなければならない、という事だった。その不安が野次となって医者達へと向けられたのだ。その場は女性刑務所の暴動のような状態になりつつあった。ただ、状況を悟った一部の女性(元男性)達は今後の事を考えるため、そして身体にこびりついている血や肉片を洗い落とす為にそれぞれの病室へと戻っていった。
雄輝はその様子をみて、自分達もおとなしく病室へと戻るべきだと考えた。そしてもう一つ、誰もが見過ごしている異変に気づいた。それはその場に居た女性達は全員が非常に整った顔立ちをしている事だ。それだけではない、肌は子供の様につやつやとしており、身体に余分な肉も無い。平たく言えば美人ばかりだ。元は男で、それぞれが良くも悪くも色々な顔だったのに係わらず、である。
落ち着きを取り戻した佐藤とシャワー室で身体の血や肉片(激しい代謝が起きた際に排出された不純物)を綺麗に洗い落としていた。
「な、なぁ、白石…さん」
「なんでいきなり『さん』づけなんだよ」
「いやさ…目の前に全裸の女の子がいて、間違って呼んでたら嫌だしさ」
「俺も、目の前の女の子が佐藤かどうかわかんなくなるときがあるよ。で…何?」
「おっぱいさわらせて」
「深刻な顔してると思ったらそれかよ。お前、さっきから自分のずっと触ってるじゃん」
「人のを触ってみたい」
「嫌だよ」
「友達だろ、ちょっと触らせてくれてもいいだろ。男の癖に恥ずかしいのか?」
「身体をベタベタ触られるのが好きな男は居ないだろ」
「いいから、ちょっとだけ」
と言いながら佐藤は雄輝のシャワールームに勝手に入ってきて、後ろから抱きついた。二人とも元の身長は軽く170は越えていたのだが、今は150を満たしているかどうかすら微妙な低さだ。雄輝は佐藤よりもさらに背が低く、佐藤が抱きつくと自然と雄輝の胸が彼女の腕に包まれていった。
「うっほぉ!柔らかけぇ!」
などと歓喜の叫びを上げる佐藤。今の不安な状況でそんな声が上げれる能力が欲しいと雄輝は真面目に願った。
「…もう、満足しただろ?」
「まぁ、そう言うなよ。お前だって嬉しいはずだろ?男だし」
「本物の女ならなぁ。中身が男だって解ってるからちょっと違和感があるんだよ…」
「な…じゃあ(声を少し高めにして)お姉さんが可愛がってあげる」
「いや、いいよ、そんな親切は…」
雄輝はさきほど泡を洗い落としたのに佐藤が抱きついたせいで身体についてしまった泡をシャワーで落とす。そして佐藤の頭にも顔にも同じ様にシャワーを浴びせる。それからそそくさとバスタオルを身体に巻いてシャワー室を脱出していった。それを見てちぇっと舌打ちをする佐藤。