13 お魚天国 1

車道を基本とした都市開発で、歩道が生き残る先は地下へと変わる。
地下道と地下駐車場。地下の歩行者の行き来が盛んになれば、自然と市場も地下へと移動する。歩行者用の地下道を中心に、地下の商店街が展開された。市民の多くが利用する地下スーパー、そこにみのりの姿があった。
刺身のコーナーには、その日のスーパー閉店が近付き値段が半額になる商品を目当てにした仕事帰りの人々で賑わっている。
まぐろの刺身(半額)に伸びる手が2つ。それらはぶつかった。みのりの手と、仕事帰りの若者の手。若者は工員の格好をしている。汚れた作業服、あまり良い印象は与えない茶髪の髪。
「あ、すいません…いいですよ。どうぞ」
みのりは刺身を諦め、その若者に譲る。
「ああ、どうも」
若者はまぐろの刺身(半額)を買い物カゴに収めながら、みのりの姿をつま先からマジマジと舐めるように見た。
男がみのりの姿を見つめる事はいくらでもある。それが好意を寄せる事だからだ。だがその若者の視線はそれとは少し違っている。女性はその視線に理由の無い嫌悪感を抱くだろう。だが、元は男であるみのりはその視線の意味を知っている。
「視姦」である。
目の前に居る女性の姿と、思考に展開される想像力とを直結させて、「頭の中」で犯すのである。それが女性にとってどう受け止められるかは、当の本人には関係無い。何故なら、思考は既にそこに無いのだから。だがみのりは嫌な顔一つせず、笑顔を返すと、その場を立ち去ろうとする。
「あのぉ?」
若者がそれを呼び止める。
「はい?」
「刺身、好きなんですか?」
突然の若者の妙な質問に、少し間を置いてみのりは答える。
「えぇ。好きですよ。でも…加工していない物の方が好きかな」
「俺も…好きなんですよ」
若者はイヤラシイ笑みを浮かべた。
もう一度みのりを舐めるように見つめる。
その若者はスーパーを出ると自宅へ向けて歩き始めた。地下街はネオンこそあるものの照明は多くない。暫く歩くと若者は後ろに気配を感じた。尾行されている気がしたのだ。
振り向くとそこにはみのりが居る。
「あ、さっきの…」
「ねぇ…」
みのりは若者に近寄り、耳元で囁くように言った。
「しない?」
「え?するって?」
「セックス」
眼鏡をかけた、大人しそうな女性。囁く声も鼻に掛かる可愛らしい声。そして、バニラのような甘い香水の香がする。純粋な印象の女性、そしてその台詞のギャップが若者を興奮させる。
「ど、どこでしようか?」
若者は顔をにやつかせて言う。
みのりは何も言わずに近くの隙間を指差す。薄暗い隙間、そこは恐らく前までは物置などに使われていたのだろう。ネオンの届かない隙間にはどれほど奥に続いているか解らない。
若者はみのりの細い肩を抱くとその薄暗い空間の中に入っていった。
みのりの細い身体を突き上げる行為に夢中になる自分を想像しながら。