22 自由から不自由へ 4

「息子は助かるんでしょうか?」
「助かる…というのは?」
「手足が…その、義足か義手かなにか」
「サイボーグの技術はまだ発展途上なのです。しかも日本ではまだ認可がおりない。普通の生活を送ることはまだ不可能でしょう。ただ、いつまでも当院に措置を施すわけにもいきませんからね。専門の施設などに移られるのがいいかと」
尊の両親は重い足で病室を開いた。
そこには変わり果てた彼らの息子の姿があった。
顔も声も同じ。だが手足がない。ただそれだけで、彼らの息子は彼らの息子には見えなかった。しいて一言で言い表すのなら、いもむしだった。だが、いもむしなら自らの力で動くことも出来ただろう。だから、いもむしとも言えない。
全ての本音はそこにあった。
哀れみだ。無限の哀れみだった。
それを必死に隠そうとする。隠さなければならない。人間として生まれてきて、なに不自由なく育ってきた彼らの息子が今は殆ど全てを失った。せめて人としてのプライドだけは、…そう思ったかどうかはわからないが、思わずとも自然と笑顔を作る。作り笑顔と分かるような笑顔を。
尊はベッドを傾けたままで、その視線はずっと窓のほうを向いていた。
病室の窓からはロータリーが見下ろすことができ、そこには来院する人々、患者、看護婦などの姿を見ることができる。ほんの数日前は彼もひょっとしたらこの病院に来ているあの人々の一人だったかもしれない。その理由は定期的な健康診断かも知れないし、風邪を引いて薬を取りにきていたかもしれない。そこにある大きな、明確な、違いは、彼らは手や足があり、自分にはそれが無いことだった。
窓の縁に時々つかまっているツバメでさえも、手や足がある。それすらも疎ましく思えるような表情だった。窓を締めてしまおうかと、彼の両親が思うほどに。だが最後の楽しみすら奪うことになるのではないかと、恐れていた。
「尊」
尊は両親が入ってきても顔を向けることすらなかった。だから呼びかけてみたのだった。反応は帰ってこない。耳が聞こえないわけではない。尊は何度か両親や友人が見舞いに来たが誰に対しても同じ反応だった。呼ばれても返事をするどころか、物音がしても振り向くことすらしない。無表情で、死人のような目をしている。
「尊、お医者さんがね、別の病院に移ったら、そういう専門の病院にね、移ったら義足だとか義手だとか付けてもらえるかもしれないって。そっちに移ろうね」と母。
「…」
「尊、何か欲しいものがあったら買ってきてやるぞ」と父。
「…」
「尊。どうした、元気だせ…。お前らしくない」
「元気…だせだって?…どっからそんなもん出せるんだよ…。元気出したら手足が生えてくんのかよ!!俺は芋虫だ!これからもずっと芋虫だ!夢も希望もねぇよ!夢も希望もねぇのにどうやって元気だせっていうんだよ!」
本当なら、もし手足があったのならそこで暴れだしてしまうところだった。それを看護婦や両親が取り押さえなければならないほどになることだった。けれどもそこには人間の指に捕まった芋虫のようにジタバタと手足の痕跡を動かしている尊の姿があるだけだった。
「尊!」
「どうして殺してくれなかったんだよ!手足を切ってまで生きていく価値があんのかよ!お前らは悪魔だ!俺を苦しめようとしてるだけだ!消えろ!消えろぉぉぉぉ!!」
「俺はお前の父親だ!どんな時だってお前の味方だ!自分の子がどんな姿になっても、生きていて欲しいって思うのは当たり前だろう!」
「消えろ!消えろ!消えろ悪魔!!!げほっ…げほっ…」
尊の意識はそこで途切れた。