10 私服の軍人 3

堀江と金下の2人は湖小山署に戻っていた。
車を降り玄関に差し掛かると、女性が話し掛けてくる。
「よぉ」
堀江の知り合いだろうか、女性は男のような挨拶で堀江を迎える。堀江はそれに答える。金下は女性が堀江の知り合いだと察知して軽く会釈する。
「よっ。お前も別件か?」
「俺も別件、お前も?」
意外な事に、女性も話し方は堀江と同様、男口調だ。金下は「もしや」と思う。この女性が川上村の一件でのウイルス感染者かと。
堀江とその女性の話を聞く金下の耳には、2人とも自分と同様に軍の関係者だと断定できた。だが女性が堀江・金下よりも階級は上であり、なおかつ別の機関であることは想像がついた。
話し終わると金下は堀江に尋ねる。
「今の誰っスか?」
「ああ、あれは俺のダチ。前は上官なんだけどな、一応。松原って名前だよ。因みに…あれは実は男なんだがな」
「ええっ、やっぱり川上村の一件ですか?」
「さぁ?知らんけど、俺の上官だった時は男だった」
「え…ってことはゲイか何かっスか?」
「お前…本人の前でそんなこと言ったら殺されるぞ」
「はぁ…すんません。でも綺麗な人っスね」
堀江と金下は廊下の突き当たりに設けられた小さな休憩場所で椅子に腰掛ける。煙草を吹かす堀江を後に金下は堀江と自分の分のジュースを買う為に販売機の前に行く。
そこへ数人の刑事がやってきた。同じように刑事達は販売機の前でコーヒーを選んでいる。
金下の耳にはその刑事達の話が入って来る。
「なんで本部長が首突っ込んでくんだよ?」
「知りませんよ…でも捜査は身内、恋仲、知り合いから当たるのが正だろって話になって」
「そういうの初めてじゃないの?直に指導入るのって」
「っていうか良いんですかね?調査会社にまで指導になって」
「調査会社にまで?」
そこまで聞くと金下は自分とは関係無い話と判断してジュースを手に堀江のもとに戻る。
堀江は松原と話していた。
「堀江さん、どぞ」
「お、サンキュ」
堀江はジュースを受け取ると、金下に顔を寄せ小声で話す。
「おい、あいつ等って、県警の奴等だろ?」
「みたいっスね。見ない顔スね」
「何話してた?」
「え?あぁ。本部長が捜査方針に直接指示してたって話です」
「ほぉ〜今話題の島根県警は部下が頼り無いから遂に親玉が出るわけか」
堀江も松原もにやけている。声は県警の刑事には聞こえない様に。
「でも、調査会社にまで指示出してるって話っスよ」
そこまで話して堀江の顔から笑みが消えた。
「匂うな…」
「あぁ…プンプン匂うな。胡散臭い匂いがする」
隣の松原はそう言い、深く頷いた。