10 私服の軍人 1

「これで本当に全部なのか?」
男は遺体収容用の袋手前に置かれた遺体の断片を眺めながら言った。
その男は軍人だがそれを外見から語るものは無い。唯一彼が軍の関係者だと物語るのは軍用の携帯を腰に吊るしていることだけだろうか。
軍服を着ない軍人は特命を受けて動いているとも言われる。その彼がこの場に居るという事実から、警察もその関係者も、この事件が何か特別なものであると考えざるえない。
隣の警官は口をハンカチで押さえる。
男は何の抵抗も無く死体の断片の一つを手に取ると切断面を指でなぞる。
警官は黙ってその様子を見守るが、すぐにその視線は小屋へと向いた。あえて自分が捜査に参加していることだけをアピールしたが限界が来たのだ。
「こういう切断面はナイフみたいな刃物じゃ無理だ。焼き切れているし、そのせいか切断面は殆ど出血していない。ほら、見てみろ」
男は死体の断片の一つ、腕を取ると警官の顔の前に差し出す。
「うぅっ…!」
低い呻き声を上げると警官は顔を背けた。
その様子にも男は構うことなく断片を引き続きマジマジと見つめている。
「この切断面には覚えがあるな…」
「別件でこういう事件が?」
嫌悪を剥き出しにした表情で警察官は聞き返す。
「戦時中の話だ。軍のドロイドが人間を殺った時の切断面にそっくりだ。アームブレードっていうレーザー兵器で人間を切断すれば、こんな感じだ。でもなぁ…」
「何者かが軍からドロイドを盗んで人殺しをさせていると考えられますかね」
「いや…この切り傷を見てみろ」
男は遺体の腹の部分の切断面を指差して言う。
「ヘソの窪みに一直線に切断した後が残っているだろう。ドロイドのアームブレードで切断すれば、こんな風に綺麗には切れない。ここが切り口だとすれば、ヘソの窪みも焼け焦げて無くなっているさ」
「軍用のドロイドを改良して、そのテストをしたって事でしょうかね?」
「その可能性大だな…」
「堀江さん」
軍人、堀江と同様の私服の軍人が現れる。堀江に比べれば体格はガッチリとしている。大きな身体をゆっくりと歩かせて堀江の前に来る様子から疲れが表立って見えている。
「どうだ?あったか?顔」
「無いです」
「顔を剥ぎ取っているのは勲章のようなもんなんですかね?」
堀江の部下、金下は堀江と同様にその死体に何の抵抗も無く触れると、その断片の一つを取って眺めている。
「まぁいい、死体は警察に任せようか。署に戻ろう」
「テロリストの線はありそうですかね?」
金下は堀江と歩きながら車へと戻っていく。
その様子を見ながら警察官は顔の汗をハンカチで拭った。死体から発せられる腐臭がハンカチに染み付いていたのか、驚いてハンカチを顔から離すとポケットに仕舞った。