19 ベリィド・ドキュメント 4

資料室は静かだった。
青井と東屋が二人部屋の中にいたが静かだった。
青井は黙々と画面とにらめっこしながらキーボードを時々叩いては「ん〜」だの「あ〜」だの言う。それからまた画面とにらめっこ、というループを繰り返している。
一方で東屋は紙媒体の資料をものめずらしそうに見ていた。
「青井さん」
「ん?」
「システム屋の仕事ってさ、こういうのばっかりなんスか?」
青井が振り向くと東屋がノートの一つを広げて見せていた。そこには文章がいくつか並んでいて中央に簡単のフローチャートが書かれてある。
「こういうのって、お前、どういうのを想像してたんだよ」
「なんていうか、端末に向かってキーボードがちゃがちゃやってて画面にワケのわかんない文字だか数字だかが並んでてさ、『よし、できた!』とか言っちゃったりするんじゃないかって」
「お前そりゃ映画の見過ぎだ」
「こういう資料とか…その、さっきのトラブル報告書だとか、やたらと資料ばっかり作ってるんかなって思って」
「そりゃ俺だって出来るなら資料なんて作りたかないさ。開発ばっかりやって面倒なテストだって誰かがやってくれたらどんなにいいかって思うわな。でもなぁ。そういうのが出来るってのは一人で開発して、それからずっと一人でそのシステムを維持管理していく事が出来る奴だけの話なんだよ」
「ふ〜ん…。あ、すげぇ、この資料、手描きだ」
「その棚に積まれた資料だって、このトラブル報告書だって、のちに誰かが参考にする為に書かれたもんだろ。それがなきゃ俺達はもしかしたらこの問題を解決出来なかったのかもしれない。ほんと、システム屋ってのは地味で臭い仕事なんだよ」
「へぇ〜…」
「どした?」
「青井さん、どうしてLOSのシステム開発しようって思ったんでスか?」
「あ〜。俺の場合はもともと派遣のシステム屋さんでな、LOSだけじゃなくて他にも開発に携わっているよ。ゲームじゃないものが殆どだが」
「ベテランなんだ」
「どした?さっきから開発者ってのに興味あるのか?」
「いや、俺、こういうゲームとかっていつもゲーマーの立場だったから、作る側の気持ちっていうか、その仕事とかってどんなのかと思って」
「ほう〜。まぁ、アレだ。誰かが言ってただろ、えっと…『1パーセントのひらめきと99パーセントの努力』だっけ?」
「何それ?。あー。天才は…って奴?」
「そうそう」
「それがどうしたの?」
「『1パーセントの開発、99パーセントのデバッグ』これがシステム屋さんバージョンな」
「え?」
「クリエーターを目指している奴が幻想を抱いてるだろ。そういうのをブチ壊すキーワード。『1パーセントの開発、99パーセントのデバッグ』他にもあるぞ。『1パーセントの調理、99パーセントの雑務』これは料理人バージョンかな。…ま、アレだよ、テレビなんかで色んな職業の紹介をするけどな、あれは職人が一番輝いてる部分だけを写してるんだよ。ああいうのを見て『すげぇ』とか言ってもさ、結局どこかで99パーセントぐらいはくだらない作業を苦労してやってんだって事。どうだ?やる気なくすか?」
「いや…まぁ、別にやる気っていうか…そういうの目指してるわけじゃないし」
「あら、そうなのか。いきなりそんな事聞くから興味があるのかと思ったよ。っていうか、最初そういうのが理由で手伝いしてんのかと思ってたけど違うのか?」
「話しなかったっけ…俺、ダチがこのゲームの中に囚われたまんまになってて、それ助けようと思って…」
「…おぉ、そうか。それじゃがんばらないとな」