9 報復者 5

突然「ズバンッ」とその男の腕が鳴った。腕には赤黒い線がついている。そしてその男の腕はその線を境目にしてズルリと斬れ落ちた。
「ウワッ!ウワァァァー!!」
「キャァァァァ!」
さっきまで力強く少女の身体の自由を奪っていた腕が落ちてきた。ホースから吐き出される水のように男の腕からは血が吹き出た。切れ落ちた腕は少女の前で血を吹きながら、その血色を暗くしている。
「黙れ」
叫び声を上げる大男に声は無情な台詞を吐く。
次の瞬間、大男は声を出せなくなった。
まるで柔らかいバターをナイフで削り取るように男の口から喉に掛けての肉が削り取られた。口から喉までの男の"持ち物"はずるりと剥がれ落ち、床に転がった。血しぶきが上がり、カメラマン役の男の顔にも降りかかった。
大男は喉からスッーという彼の最後の呼吸音だけを鳴らしながらゆっくりその場に倒れた。
「1人でもこの部屋から逃げたら、ここに居るカメラ小僧は殺すよ」
姿の見えない声の主が冷たく言い放つが、我先にと周りにいた男達は廃屋から逃げ出す。そして廃屋の外に止めてあったであろう車のドアが閉まる音が聞こえ、エンジン音、そしてタイヤが砂利を転がりながら車が去っていく音が聞こえた。
「いい友達を持ったね」
空間から声が響く。
カメラマン役の男は涙で顔中を覆いながらヘラヘラと笑みを浮かべていた。笑みは決して本当の笑みではない。度を越した恐怖が覆うときに出る不自然な笑みだった。
男が恐怖、想像していたことは事実になった。
鋭い刃のような光がグルグルと回転する。
彼の履くジーパン、両足に黒い線が入る。足首、臑、太腿、腰。そして線は胴、胸と上り、最後に男からは見えないが首に線が入った。積み上げられたダルマ落としがバランスを崩して散らばる様に、線を境に男の身体はバラバラになった。
少女の足元にカメラ小僧の肉片が転がっていた。
少女は目を見開いて口を両手で塞ぎながら、叫び声が出るのをこらえた。
その透明な何者かは少女にゆっくりと近付いていた。
「た…助けて」
震える声で助けを求める少女。その手は片方は口に、片方は防御しているつもりなのか宙を舞っていた。
いくつかの肉片を拾いながら声は言う。
「夜は危険だから、1人で出歩いちゃダメだよ」
声はそう言うと、声の主の足音は少女から遠ざかり廃屋を出ていった。