2 普通の人へ 2

ボロアパートの前にはみのりの部屋から出された荷物が積み重ねられ、業者がその荷物をダンボールで梱包していた。業者が不思議がるほど、少ない荷物。一人暮らしなら必要な冷蔵庫などもない。
それもそのはず、みのりの部屋には最初から暮らすために必要な電化製品も家具も置く場所など無かったのである。代わりに置いてあったのは大量のディスクと、ビデオデッキ、テレビ、そしてアニオタグッズの数々。
だがそれも引越し業者は運ぶ必要は無かった。
すべてみのりが処分したのだ。
みのりにとって無くてはならないグッズはすべてみのり自身で「代役」されてしまった。今の彼、いや彼女にとってみればすべての着目が自分自身で満足だった。アニメの中にあった魔法少女ミミが現実の世界で形となったものが、今まさにいる自分自身だった。
みのりは度の入っていないメガネをかけ、前髪を伸ばした。男性の時は目が悪かったが女性化したと同時に視力は回復。だがメガネはそのままだ。まるで自分の顔を現実の世界から隠すように、そして現実の世界をメガネ越しで見つめて、あたかもその場所と自分の距離を置くように。
「吉村くん、よぃ」
ボロアパートの管理人部屋から老人が現れた。最後の管理人は最後の住人を見送るために挨拶に来たのだ。ちょこんとお辞儀をするみのり。
「いままで色々お世話になりました」
「しっかりな、身体に気を付けてな」
孫を見つめるような目でみのりをみる老人。
管理人にも吉村・菅原共に思い入れがあったのだろうか。アパートが解体される直前までボロ部屋で文句一つ言わずに住んでいてくれたということに感謝したからか。
みのりにとっても、管理人という他人の存在だが家族のようにも思っていた。吉村という存在を認めてくれていたのは管理人の老人だけだった。
引越し業者のトラックに乗り、出発するみのり。
バックミラーからアパートとみのりを見送る管理人の姿をいつまでも見ていた。暗くジメジメしたイメージしかなかったその場所だったが、昼の暖かい日差しに照らされた最後の姿がそれらすべて塗り替えていった。