2 普通の人へ 1

川上村のウイルス騒動から3週間が過ぎた。
県道を塞いでいたバリケードは撤去された。
それらのバリケードから少し離れた場所に築かれた「人のバリケード」つまり、マスコミ達は一斉に川上村へ雪崩込んだ。しばらくの間、マスコミに執拗なインタビューは川上村の女性を中心に行われていた。川上村に蔓延した奇妙な病気が男性を女性化させる事は周知の事実となっており、日本だけでなく世界中で注目されていたのだ。
だが、不思議な事に、誰ひとりとして元男性である事を明かす女性はいなかった。それらを明かすことが今後の自分自身に及ぼすであろう負の影響を察知してか。
川上村在住の多くの元男性達は、半強制的に人生の分かれ道で選択を迫られる形となった。そして、川上村のバリケードが撤去された後、そこに残る者と名前を変え別の土地で最初からやり直す者とに分かれた。
川上村開放と共に、近隣の街へ買い物する人々が渋滞を作る。その渋滞が伸びる先は湖小山市の海洋都市だった。湖小山市は上信越市とは長い海岸線を挟んで隣都市だが、川上村に最も近い「街」だ。
小山市は近年日本ではそれほど珍しくない「浮島」をベースに設計された海洋都市。浮島の名前通り地区全体が海面に浮いており、都市と自然の調合を考えた都市設計が好まれる日本ではこのタイプの都市の人口増加は目立つ。川上村からの移住者の一部はこの湖小山市民になった。
その湖小山市のパンフレットを熱心に見つめる女性がいる。
引越し業者が忙しく動く中で、邪魔にならないよう荷物の影に隠れた小柄な女性。「菅原みのり」こと、吉村秀人だった。