1 脱皮 3

大学生である吉村秀人は管理人の老人を覗いてこのアパートの唯一の住人だった。他の住人が引越して去っていくなかで彼だけがそこに残る理由は彼の部屋にあった。
部屋入るとまず目に入るのは魔法少女ミミの等身大人形。
キャンペーン用にアニメグッズ販売ショップで置かれていたものがオークションに流注していたのを秀人が落札したのだ。
もちろん、それだけではない。部屋の4隅と天井には魔法少女ミミのポスターが貼り巡らされており、フィギュア、データディスクなどがそこらかしこに整理してあったり転がっていたりもしている。
秀人はアニメオタクであり、そして魔法少女ミミの熱狂的なファンであった。
魔法少女ミミは少女漫画からテレビへとデビューした小学生向けのアニメ。話は短調・単純でごく普通の小学生の主人公が魔法少女ミミへと変身し「悪い奴等」に定義された連中を倒すというものだ。とても大人の男性が見るようなものではない。
その大人の男性が見るようなものではないアニメを175センチ130キロを越す体重の秀人がポテトチップを口に運びながら見ている様子も、彼の部屋と同様に人に見られるべきではないものだった。
そういう恥ずかしさがあるのか、アパートの他の住人が引越しを急ぐ中「他人に見せる事のできない部屋」であるため、彼は引越し業者に一切手伝ってもらうことなく荷をまとめる作業を一人でコツコツとやっていた。
だがその日、川上村に謎のウイルスが蔓延したその夜はその作業は止まっていた。代わりにそこには巨体、いや醜態がベッドの上を転げまわる姿があった。秀人は苦痛に身体を無意識に転がしていた。
吹き出る血、動かしても止めても身体中に走る激痛。もし地獄があるとすればまさに今のその瞬間がそれだった。叫ぼうにも声は出なかった。