16 恋人 - Lover 8

竹下は心の中で叫び声をあげている自分に気付いた。今までの不安や悲しみが言葉にならずに叫びに変わっていた。自分の気持ちを吐き出してしまえればどんなに楽かと思った。その次の瞬間、自分は今までの心のうちを全部言葉にしていた。そして、ただ同じマンションに住む一人の男性に向かって、胸の内を明けていた。
「私、ずっと、今まで、嫌な事ばっかり。子供の頃はずっと病弱で、友達も居なくて、友達の作り方とかもわからなくて、学校に通えるようになってからもずっと、一人だった…何度か死のうかと思った。今だって、人前でおしっこ漏らしそうになってて、なんでこんな嫌な事ばっかり…ひっくひっ…」
心の中で全てが終わったと感じていた。誰にも明かしたことの無かった気持ちを全部吐き出した。家族でもなければ友達でもない、まして恋人でもない、目の前にいる相沢に。
(嫌な女だと思われた…もう終わりだ)
(きっと私の事を蔑むような目で見ている。特殊学級に居た私を見る児童の目のように)
顔を上げた。
相沢は竹下を見ていた。初めて目が合った。
そして彼は自分のバッグの中から何かの工具を取り出して並べ始めた。
「待ってるだけが選択肢じゃないよ。まだ諦めない」
(そうだ…この人が)
ジャスミンは相沢と同じ台詞を吐いたヤンを見つめていた。
彼女の中の記憶がどんどん蘇っていった。
(…この人が、私の夫だ)
部屋の中で装置を探すヤンの背後から恐る恐る声を掛ける。
「たかくん…?」
彼女の夫を呼ぶ時のあだ名だった。
「マキ…」
二人は抱き合った。夫婦として今までそういう事をすることは殆ど無かった。だが今はそうしなければいられないような気持ちにお互いがなっていた。
「急ごう。他のみんなもまだ神殿に閉じ込められてるはずだよ」
「うん」
「とりあえずこの部屋から脱出しなくちゃな」
周囲を見渡すが、仕掛けとなるようなものは無い。
「ねぇ、あのタロットのカードにあった言葉がヒントかな?」
「ん?なんだっけ…」
「強い思いに結ばれた二人が手を繋いだらどうとか…」
「手を…繋ぐ?それで仕掛けが解除されるのかな…?」
ヤンは手を差し出す。それを躊躇なくすぐに握るジャスミン
「あ…」
ヤンが先ほどまで見ていた部屋の壁は次第に薄くなって消えていった。大きなフロアの中心にいる。暗いフロアは端の壁までは見ることが出来ない。ただ、松明の光に照らされた巨大な像が目の前にある。
「ここ…どこだろう」
手を繋いだままその巨大な像に近づく。すると、周囲から足音が聞こえてきた。一つ、二つと足音はどんどん増えていく。そして暗闇から姿を現したのは風雅達だった。
「みんな、記憶は…戻ったの?」
ジャスミンが問う。
「ああ、多分な。外部との通信も確立された」
風雅が答えた。
「どうやって仕掛けが解除されたのかは解りませんが…。それと、これを見てください」
豊吉が差し出したのはタロットカードの一枚だった。忘却の神殿に来るように指示した、あのメッセーが記述されたタロットカードだ。だが、そのカードにはメッセージではなく、絵柄と番号がある。
「突然記憶が戻った瞬間に、このカードが輝き始めて絵柄が浮かび上がったんです」
『恋人 - Lover』と記述されたそのカードには手を繋いだ男女の姿が浮かび上がっている。その二人は顔を赤らめて満面の笑みを浮かべていた。