16 恋人 - Lover 5

女性の名は竹下マキ。
高校卒業後、街の小さな食品加工工場で働く。両親が住む家を出て彼女が一人暮らしを始めたのは一つだけ理由があった。
「一人自立して生活する」
彼女の掲げた目標がそれであった。
生まれつき身体は弱く、家と病院を行ったり来たりの繰り返し。学校からも「たまにくる身体の弱い女の子」という目でしか見られず、近寄られず、友達どころか話しかけるものすら居なかった。彼女は特殊学級に身を置いて、小学を卒業するまでの6年間をそこで指導員と過ごしたのだった。もっとも、小学校に通うこと自体が少なかったのだが。
中学になってから身体は丈夫になったが、心はそのままだった。苛められる事こそなかったが身体は相変わらず弱く、ずっと教室では一人だった。たまに保健室に行ったかと思えば、そのまま家に帰宅する事もあった。
いつしか彼女は登校拒否となった。
夜間に開校される職業専門高校に通い、なんとか卒業して就職した。
彼女の一人暮らしは自分自身を変えていく一つのステップだった。友達を作り、恋人を作り、ひょっとしたらそのまま結婚し、家庭を築く。高度な技術の発達によって生きていく事がそれほど難しくなくなった日本において、結婚し子供を作る事はそれほど魅力的なものではなかった。ただ、それはドラマの1シーンのように、掴むべき幸せの一つとして女性達の心には必ずあった。それを夢見る中の一人だった。
だが世間は彼女の思うようには動かなかった。
職場でもプライベートでも彼女が友達や異性と出会うチャンスなど殆どなかった。たとえ出会ったとしても進んで心を開いて話し掛けることなど、小学生から人と話すことなく過ごしてきた彼女にとっては苦痛でしかなかった。
ある日、竹下はマンションの周辺の掃除活動に参加した。そのマンションでは定期的に住民が掃除活動を行うルール。ただ、お金を払う事で参加を免除することもできる。その分は業者が引き受けるわけだが、竹下と相沢の二人はそれを知らず、業者にまぎれて二人は掃除をした。
それが相沢と竹下の最初の出会いだった。