16 恋人 - Lover 2

相沢孝之、25歳。
小さな町工場でドロイドの部品を作る仕事に就くどこにでも居るような若者の一人だ。8時に家を出て工場で17時まで働き、帰りはコンビニでビールやつまみを買ってそのまま家に帰る。
マンションの一室に一人暮らし。特に欲しいものもなければ友達との付き合いもない。恋人なんてのは普段の生活でそのキーワードすら出てこない。そんな自由気ままに質素な一人暮らしを堪能していた。
その彼が事件に巻き込まれたのは、事件が起きるような予兆がまったくないとある平日の夕方。
その日も普段と同じようにビールとつまみを軽く買って家路につき、行きも帰りも利用するエレベーターに乗り込んだ。エレベーターがあと少しで閉まるという時、向こうから走ってくる女性の姿がある。さすがにそのままエレベーターが閉じてしまえば女性は乗り込む事はできない距離だったが、放置しておくのも気が引けると思った相沢はエレベーターの扉を開けた。
同じマンションに住んでいるのならここで無視してしまうのも後で色々と面倒な事になると感じたのだ。相沢は普段から周囲に波風立てないようにする事を意識せずにする男だった。
「すいません、ありがとう、ございますっ」
女性は息を切らしながら入ってきた。身体を動かしてきたからか顔は自然と笑顔になる。
「いえいえ」
特に美人というわけでもなく、ブサイクというわけでもない。そういう意味ではあまり印象がない女性だ。もともと女性に特に興味もなかった相沢にとっては彼女はただのエレベーターで同伴した女性、というだけだった。
無言。
しばらくそういう空気が続いた。
それもエレベーターが目的の階にたどり着けば終わる。
そう思っていた。
エレベーターはゆっくりと止まった。扉が開かない。
「ん?」
「あれ?」
(そうだ…あの時、確か、こんな状況だったんだ)
ヤンは自分の記憶の中にある別世界…つまり現実の世界の出来事を思い出し始めていた。