16 恋人 - Lover 1

忘却の神殿内部、4メートル四方の小さな部屋の中にヤンとジャスミンの二人がいた。いたというより、閉じ込められていた。
神殿内部で全員が忘却の効果により記憶が一時的に飛んでしまい、互いが知り合いだった事も忘れた状態になっている。そんな状況で何故二人が小さな部屋の中に閉じ込められているかと言えば、ふとした偶然からだった。
たまたまヤンとジャスミンはなんとなく同じ方向へと向かっていて、何らかの仕掛けが作動してその部屋に閉じ込めれたのだ。もちろんそれまで一緒に行動する動機などない。自己紹介すらしていない。
「はぁ…」
最初にため息を漏らしたのはジャスミンだった。
愚痴の一つでも言いたい状況だったが、言う相手も居ない。目の前にいる男性に聞いてもらうにも知りもしない人間にいきなり愚痴を言うのは気が引ける。でも何か言わないといけないという事から出たため息。
ヤンも一言何か言えばいいが、目の前にいる知らぬ女性にいきなり話しかけるのは彼の道徳に反する。彼は自身がそれほど軽い男ではないと自負しているのだ。よほどの事がない限り女性に話しかけるような事はしない。
結局、ジャスミンのため息以降、しばらくの間二人の間には重たい空気が流れていた。
(そういえば前にもこんな状況、あったっけ)
ヤンの記憶が僅かにだが波紋を立てる。
(なんだったっけ…。こういう薄暗いところだった気がする)
波紋は最初は小さいが、どんどん広がっていく。まるで音が伝わっていくように、ある特定の記憶と似たような別の記憶に次から次へと広がっていく。
(もう少しで思い出せそうだ…。えっと、確かあれは)