14 忘却の神殿 4

『おい!冗談はやめろ!』
青井が怒鳴る。
だが、そもそも如月が冗談など好きなタイプな男性ではないことは青井が一番知っている。だからこそ、今のがあまり聞くことが無い如月のジョークの一つだと思いたいのだ。
『誰だ?どこにいる?』
「青井さん、やめたほうがいいんじゃねの?」
焦る青井を止めたのは東屋だった。
「なんでだ?」
「いやさ、今は誰も居ない空間から声が聞こえてる状況なんでしょ、如月さんは。それって恐怖じゃねぇのかなと思って」
「だけどどうすりゃいいんだよ?完全に記憶がなくなってるぞ」
二人が言い争う一方で千葉は険しい顔で腕を組んで、如月と豊川の電脳の状態をモニターしていた。そして一言、
「記憶が完全に消えるとは…思えないなぁ」
それには青井は真っ先に反論する。
「実際に今の状況は記憶が消えてるじゃないですか」
「いや、そう見えるけども、人の記憶はそもそも簡単に消せるほど単純な構造をしていないんだよ。いいかね。シナプスというのは複雑なつながりを見せてネットワークを形成する。複雑に絡まったそれらを『記憶』と呼んでいる。これを消すという事はどういう事を意味する?シナプスを削り取るのか?それとも何か特定のもので埋めていくのか?仮に大胆にもそんなことをしてみたら、電脳には様々な障害がでるだろう。例えば現実の世界の記憶だけでなく、LOS内のそれも無くなるかもしれないし、言葉だってろくに話せなくなるかもしれない。今見たところ、現実の世界との接点だけを消された状態だ。そんな器用な消し方が出来るのだろうかね、今の技術で」
「じゃあ、一体どういう事なんですか?」
「それは調べてみんとわからんことだ」
「だから悠長に調べてる暇は、」
「ストップ!」と話に割り込んだのは東屋だ。続けて彼は、「そう、今は悠長に調べてる暇もないし、ここで言い争いをしてる暇もない、でしょ?」
「…ああ、そうだ。そうだな。で、お前の意見は?」
「ええ?えーっと…。そう、これはゲームだ」
「あ?何言ってんだ?そりゃそうだ。ゲームだよ『ロードオブシャングリラ』全世界で10本指に入る超有名なネットワークゲームだ」
「いや、違う、そういう意味じゃなくってさ。如月さんはタロットカードに書いてあった事に従ってその場所に行ったんでしょ?どういう仕掛けで電脳から記憶を消してるのかはわからないけど、今はそれを仕掛けた奴のレールの上にいるわけだよ…ええと、つまり、犯人の敷いたレールというか、ゲームをうまくプレイしてゴールすりゃ、元に戻る…」
「アホか!そりゃお前みたいな奴がゲーム作ったら解けるような親切なものにするだろうよ、だがそもそも如月や俺達を罠にハメる為だとしたらどうなんだ?ゲームをクリアさせる余地なんぞないだろうがよ」
「そりゃ…まぁ」
今度は千葉が割り込んだ。
「東屋君の言ってる事も一理はある。今出来ることをするとしたら、ゲームを純粋にプレイする事もマヌケな事でもないと思うよ。身代金を要求してくる犯人に対して、それを無視するとしたら人質に何が起きるか判らない。ここは相手に従わなければならんんでしょう」
千葉の例えは的確だったが、それはある意味、今の状況が「人質を盾に身代金を要求してくる犯人」という構図である事を二人に知らしめることとなったのだ。そして、身代金が何を意味するのかわからない分だけ、それらの刑事ドラマよりも事は複雑だった。