11 スポット・インスペクション 3

ここではなんだからと、青井が案内したのは休憩所だった。
2階のフロアの隅にある、ベランダつきの休憩スペースでは自動販売機やらテーブルやら、それから今日は機能していないが売店もある。そしてタバコが吸える様にと灰皿も用意されてはいたが、使われている形跡は無い。
「それで、何を答えればいいんですか?『やったのはお前だろう!』とか言われるのかな?俺にはアリバイがありますよ、とか答えておけばいいんですかね」
自動販売機から取り出した紙コップには、青井はコーヒー、小山内はコーラで、東屋は緑茶だった。3人はベランダのすぐ近くのテーブルに腰掛けた。
「いやいや、検討もつかんもんでね」
「でしょうねぇ…」
二人の会話を見守る小山内。そもそも、テレビでは頻繁にある警察の質問のシーンは明確な前提が必要だった。それは誰かが死んだとか、何かを盗まれたとか、あるいは喧嘩があったとか。LOSサーバがログイン不可になっている状態が『犯罪である』と前提を置く事が質問をする前提なのだ。それが出来ていないという状況で東屋がどんな質問をするのか、それを小山内は見守っていた。
「青井さんと言ったかね。得をするのは誰だと思うね?」
「得をする…?ん〜…」
「うん」
「俺は、サーバに何かしらの問題があるのだと…思っているのですが」
「ふむ。つまり事故だと」
「えぇ。っていうか、バグ…なのかなぁ。確かにお客さんに迷惑は掛けていますけど、サイバーポリスやら警察やらが来てどうこうするってのは、心外ですよ。ここで働いてるみんな、警察が来たときは一体何が起きてるんだろうと不安になっていましたからね」
横で聞いていた小山内は「やっぱりそれを言ってきたね」とでも言わんばかりの渋い顔をして俯いた。誰でも予想できる回答だ。小山内自身ももし質問をされたのならそう答えていただろう。
さらに畳み掛けるように青井は言った。青井は『図星な意見』を言われ小山内が俯いたのを見て、これはさらに追い討ちを掛けたほうがいいだろうと判断したのかもしれない。
「だってそうでしょう?会社のミス一つ一つに警察が係わってきたらキリがないですよ」
東屋は元々目が細いのが年をとって更に細くなっている。その為かどんな気持ちでいるのか読み取り辛い。青井が放った言葉もまるで反応が感じ取れず、まるで糠に釘でも打っている様だった。
「確かにそうかもしれない。わしが仮にも刑事という道に進んでいなくて、あなたとお会いして何かを話したのなら、『犯人は云々』などと世迷言をいう事なんぞはなかったかもしれん。青井さんは会社人だし、その上、技術者だ。お客さんに満足してもらう事だとか、売り上げがあがることだとか…それが目的だ。だが、わしは刑事だ。刑事は犯人を捕まえる事が目的なんだよ。結局犯罪じゃなかったとしたら、それはそれでいいじゃないかい。でも、まずは目的をそこにしなければならん」
青井はさっきまで持っていたコーヒーをそのまま持ったまま、口にも運ばずに最後まで東屋の言葉を聞いていた。ぽかんと口を開けて聞いていた。それから少し鼻で笑って、
「さすが、年長者は違いますね。俺の先輩みたいな事を言われる。俺もよく言われましたよ。システムを造るときには要求事項から『目的』を見つけて、そこへ向かって進めって。目的がブレたらそのシステムはダメなシステムになると」
「そんな事はない、年寄りの戯言だよ」と言ってお茶をすする。東屋は日下の事を思い出していた。青井の態度から二人を重ねたのかもしれない。さらに続けて、
「…言ったところで相手には伝わらん。だが仕事なんでな、仕方が無い」
だが青井の反応はさっきとは違った。
まるでかしこまって、姿勢を正したようにも見えた。
「伝わりましたよ。俺は最初から警察の出る幕じゃないと思っていましたからね。警察自身ですらそうじゃないんですかね。なんせシステムが云々だとか仮想空間がどうとか、そんな話ですからね。どうせ適当に調べて帰るんだろうなぁって。だって公務員って奴はそうでしょ。でも、あんたは違うみたいですね。伝わりましたよ、やる気が」
そして青井は一気に熱いコーヒーを飲み干してから、
「協力しましょう。バグなのかハッカーによる攻撃なのか、そんなのはどうでもいいんですよ。俺は早くこの仕事を終わらせたいんでね」
と言った。
過去の警察と何かしらあったのか、青井は悪態こそついてはいたが、東屋はそれは一切気にしていないようだった。それどころかひねくれた返答でも、彼の表情はどこかしら笑顔になっていた。