10 予測と憶測 5

キャンプに集まった一同を前に風雅が言う。
「とりあえず、ゼノグラシアを降りよう。レッカ女王との約束もあるし」
はつみが言う。
「現実の世界の人との話、どうだったの?」
彼女は既に現実の世界について思い出していた。だから風雅が誰も居ないところで独り言を言うように誰かと話をしていたのを見て、それが現実の世界との通信だと悟ったのだ。
「ん。ああ。いま向こうも調べてくれている。これから俺達がどう動くのかっていう指針についても議論してくれてるはずだ。今はレッカ女王にこの事を打ち明けなければならない」
それを聞いてロイドが水を刺すような言い方で返す。
「打ち明けたからってどうなるってんだよ」
「女王には俺達の味方になってもらわないといけない。今はシハーだけだが、いずれはアルタザールにも協力してもらわないと」
「現実の世界を取り戻す為の協力か?」
「ああ」
「現実の世界か…俺には検討もつかない話だな」
「ロイド…」二人の間で何があったのか、マハは反発するロイドを見て不安げに名を呼んだ。
「現実の世界は、あるよ」
はつみが言う。
「思い出したのか?」
風雅も薄々気付いていたのだ。はつみの様子は随分前から少しずつおかしかった。千葉教授が言う様に時間の経過と共に現実の記憶が蘇るのなら、はつみの異変も説明できる。
「この世界はネットワークゲームの世界なんだよ。みんなは現実の世界で学生だったり社会人だったりして、遊びでこの世界に来てるの。今は思い出せてないけど、そのうち思い出すよ。私は思い出したから。ずっと前からテトと一緒だった。途中で記憶が途切れて、何故か邪馬国で口寄せ術の修行をして帰ってたことになってたんだけど、具体的に何を修行したか思い出せないの。みんなもそうでしょ?ある時を境にそれよりも前の記憶が殆ど適当になってるの」
そこでジッタが「そういえば…」と話をし始めて、
「俺様はジェノバで酒を飲んでて、目が覚めたら会社を経営してる事になってたんだが、アレもそうなのか?なんだか色々と借金してるし、俺は金借りた覚えなんてないんだがな」
「社長は借金取りが来たときも、逃げる理由でそんな事を言ってたね」
と、すかさずエルドが突っ込みを入れる。
「いや、俺様はいま真面目な話をしてんだよ!」
顔を真っ赤にして怒るジッタ。
一方でロイドははつみに、言う。
「本当に現実の世界があるとして、じゃあアレはなんだってんだ」
マハはロイドと現実の世界の自分についての話をいくつか聞いていた。彼女の目には、ロイドの頭の中ではそれを受け入れる部分と拒絶する部分が今戦っている、そんな風に見えていた。
「ロイド…」
はつみはそんな事情などは知らない。
「アレって?」
と聞き返すだけだ。
「いや、その、だから…」と、現実の世界の自分を説明しようと思い出すだけで震えがくる。そして足が突然痛み出す。立っていられなくなり、その場に跪いた。その側でマハが手を貸して立たせようとするのだが、それを静かに振りほどいてロイドは言う。
「なぁ、風雅。もし、もし現実の世界で手足が無いとしたら…今、この世界で俺の手足があるっていうのはどういう事なんだろうな?」
それを聞いた風雅は顔色を変えた。ロイドの現実の世界の記憶が手足のない自分なら、それは間違いないものだし、彼がこのネットワークゲームを始めた経緯も想像できたからだ。だがそれを説明しようかどうかを豊吉の顔色を伺っているのだ。それをみたロイドは、
「いいから言ってくれ。黙っているって事は、俺への信頼がないって意味に取るぞ」
半ば脅すように言う。
「仮想空間を用いたネットワークゲームは電脳とシステムを直接接続することから…現実の世界では健常者として生活できない人々の心の拠り所にもなっている」
「つまり…あれだろ…。俺は現実の世界じゃ手も足もないから、この仮想空間で生きていくしかなかったんだろ。社会に必要とされない、いや、むしろ邪魔な人間だったんだ」
「手や足は関係ないぞ。ロイド。今の日本じゃ電脳化されていれば仕事はできる」
「お前には手足があるからわからねーだろうよ。朝から晩までベッドの上に寝転がって、寝返りすら自分でうてない。マヌケな芋虫野郎だよ。それで社会の役に立ってるって?どのみち誰かに迷惑掛けてるじゃねーか。誰が好きで介護されながら生きてるもんか」
「ロイド!」
マハが制止する。
「現実の世界だかなんだかわからないけどさ、今、私もロイドもこの世界にいるんでしょ?その事実は変わらないでしょ?今を考えようよ」
マハはロイドの背中を摩りながらそう言った。