10 予測と憶測 4

『如月、LOSの仮想空間で誰かと会ったか?誰かっていうのはAIじゃなくて人間の事だ』
『ええ、会いましたよ。今も一緒に行動しています』
『その中に現実の世界の事を思い出してる奴はいるか?』
『現実の世界…』
風雅の脳裏にはつみの事やロイドの事が浮かんだ。現実の世界の事なのかは風雅にはわからないが、挙動が少しおかしかったのは何度か見ていた。
『現実の世界の事かはわかりませんが、本人も何のことかわからないというような奇妙な記憶が蘇っているふしはありましたね』
その二人の会話を聞いていた千葉が何かに納得したように頷きながら言った。
「覚醒しようとしている兆候だな」
「覚醒?夢からの?」
千葉は懐からボロボロの表紙のノートを取り出すと、ページをめくり始めた。それぞれのページはなんども捲られているからか黄ばんでいる。
「夢を見せているつもりなんだろうが、夢の中でも夢を見ている状態になっているのかもしれん。つまり、現実の記憶を夢という形で思い出している。脳が錯覚しているのだろう」
「夢の中で夢をみて…?ん〜。複雑になっているなぁ」
などと言いながらも、青井は横目で千葉教授が古びたメモ帳のページを捲る姿を見ている。
「千葉教授も、なんだかんだ言って俺と同じでアンティーク好きなんじゃないですか?」
「ああ、これか。今のLOSシステムの根幹であるニューラルリンケージ理論を考えついた時にメモっていたノートだよ」
「それこそ電脳の中に入れておいたらいいんじゃないです?」と、自らの頭を人差し指でつんつんとつつきながら言う青井。
「もちろん普段の自分ならそうしたんだが、その時は思いついている理論を何かに残そうと必死だったんだよ。電脳やら外部記憶装置にでも残せばいいのにとも思う暇がないぐらいにね」
「なるほど。どういう心境かはよくわかりませんが、慌てていたんですね」
「それで何を思ったか、喫茶店のオヤジに何か書くものをくれといって、そのオヤジも何故かメモなんてのは紙でやってたりしてねぇ。それでこれを貰った」
「それは紙に残した後で電子化しないんですか?」
「うん。それは考えたんだがね。やめたよ。他の人からみたらコレはボロボロのノートかもしれんが、自分にとっては色々と思い入れがあるからね。それにパブロフの犬ってわけじゃないが、このノートを見てると何か思い浮かんできそうな気持ちになる」
「そういやぁ」と青井はキーボードを見つめながら言う。「これも俺専用キーボードでしてね。コンピュータが好きなのか、キーボードを叩くのが好きなのかわからなくなる時がありましたよ」
「いいんじゃないのかね。私もこうやって無意味にページを捲るのが好きだしな」
「え、それって何か調べてたんじゃないんですか?」
「いや。無意味に捲っていただけだよ。そうだな、資料室はあるかね?開発時の資料がみたい。特に、このなりきりシステムに関するところのな」
「ええ、ありますよ。でも途中で却下された案件の資料が残っているか…」
「かまわんよ、他の人にも聞いてみよう」
そして千葉教授はクセとも言える様な、ノートのページをペラペラと捲る行為をしながら、サーバルームから出て行った。