9 オールド・ソルジャー 5

「東屋さん?」
突然名前を呼ばれて、その記憶の海から這い上がった東屋は、ぽかんと口を開けて東屋のそんな様子を見ていた小山内と目があった。
「あ、ああ」
「どうしたんですか?凄く曇った表情でしたけど」
「ああ、いや。昔の事を思い出していてね。どうも歳をとると無駄に昔の記憶が呼び起こされて困るよ。ほんと、思い出したくもないのにね。それで、何の話だったかな」
「あ、えと、このままここにいても何も進まないって」
「ああ。うん。そうだな…」
「どうします?」
(ここで腐っていてもしょうがない。彼女のためにならんか)
東屋は自分の記憶を探る間に、その結論を準備していた。事件を解決することは無理だとしても、小山内に刑事としてのノウハウを教える事ならできるかも知れない。そう思ったのだ。
だから小山内に質問をする必要があった。
「小山内さんといったかな。一つ質問をしてもいいかな?」
「あ、はい」
「なんでこの仕事をし始めたのかね?」
「はい、ええと、父が警察官でして」
「ほう」
「それで父のようになりたいなと思って」
「ひょっとして、君のお父さんは刑事かい?」
「あ、はい。本庁で働いてたんですよ」
「ふむ、ひょっとしたら知ってる人かもしれんな。今は?」
「ああ…私が子供の頃に殉職しました。犯人逮捕の時に撃ち合いになって」
それを聞いた時、東屋の身体に電気が走った。そして自然と小山内の顔から目を逸らしてしまった。あの記憶が何度も頭の中に再生される。撃ち合いの中で気がつけば隣にいた東屋の相方は倒れていて胸から血を流していた。救急車が到着する間にもどんどん相方の身体は冷たくなっていき、何も言葉を残す事無く亡くなった。何より辛かったのは彼の相方が深夜、残業して残っている時に、懐から警察手帳を取り出して間に挟んである家族の写真を見るところを思い出した時だった。
「父の顔は覚えてないんです。まだ赤ちゃんの頃でしたから。でも夜遅くに帰ってきて、よく私の顔を見てたそうなんですよ」
「もしかして、君の父さんの苗字は『日下』じゃないかね?」
「はい。私の元の苗字ですよ。母が再婚して今のになったんです。父をご存知なんです?」
「ああ、うん。一緒に仕事をした事もあるよ」
「どんな人でした?」
東屋の脳裏には一瞬、家族の写真を見ている日下の顔が思い浮かんだ。とてもニコニコしていた。多分、あれには赤ん坊だった小山内の顔も映っていたのだろう。そして、日下は時々その写真を指で撫でたりもしていた。まるで赤ん坊の頬にでも触れるように。
「…家族思いの、いい奴だったよ」