9 オールド・ソルジャー 2

「あのすいません、一般の方はそちらへは…」
魚切署の職員の女性は、そのぼろぼろのタイルが貼ってある廊下を進もうとした初老の男性を呼び止めてそう言った。その男性は年齢は60〜70歳代、髪は白髪で口髭をこしらえてて、もう定年退職後の老後をのんびりと過ごしている風なカジュアルな格好をしている。そして筋肉も衰え始めたのが顔の表情筋が少し垂れていることからわかる。言い方を変えるとしたら、ちょっとボケ始めている人。
「ああ、はぁ、ちょっとこの奥に用事がありまして」
「えと、どういったご用件で?」
「サイバーなんとかが、ここに屯所を設けてるんじゃないかね?」
その言葉を聞いて職員の女性ははっと息を呑んだ。
まず最初に、どこからか情報が漏れていると考えた。次にその男性がマスコミ関係者ではないかと考えた。最後に、なんとかしてこの男性に他の人に情報を漏らさないように、いや、どこから情報が漏れていたのかを尋問しなければならないと考えたのだ。
「ああ、申し訳ない。名乗り遅れておりますな」
初老の男性は止まったまま動かなくなっていた女性職員に向かって手帳の様なものを差し出した。それが警察手帳だったから、女性は全てを察した。
「あ、失礼しました」
「いやいや、いいんだよ。定年退職してのんびりしてたんだが、お呼びが掛かってしまってね。最近流行ってるサイバーなんとかの犯罪だから、特にする事は無いから、椅子に座ってるだけでいいからと言われてね。…椅子はあるかな?深く腰が入る奴がいいなぁ。腰が悪いんでね」
そんな事を言いながら、その初老の男性はぺきぺきと音を立てるボロついたタイルを踏みながら、廊下の突き当たりの部屋へと入っていった。
部屋に入ると機器がテーブルの上に積み上げられており、その機器のビルディングの間には大量のコードが蔦のように伸びていて、その間から辛うじて人がいる気配が漂ってきた。
「本庁からきた、東屋です」
初老の男性は自らを東屋と名乗って、気配のする方向に向かって言った。
「ああ、どうも」
その機器のビルの間から顔を覗かせたのは、まだ高校を卒業したばかりの様な幼い顔をした女性だった。立ち上がっても機器のビルから顔を覗かせる事が出来ないほど、背は低いようだ。そしてその背のひくいのが一体どうやってそれだけの機器を積み上げたのかは疑問だった。
「サイバーポリスの小山内です」
少し緊張したように立ち上がると、頭を深々と下げる小山内。東屋から見れば小山内は孫ぐらいの年齢だ。そのせいか子供の様に見えてしまう。また、その年齢の女性なら少しは化粧でもするものだが、小山内はあまりそういう事を気遣うタイプではないようで、良くも悪くもオタクのような風貌だった。肩まである髪は寝癖が沢山あって、前髪も表情が見えなくなるかもしれないというぐらいに伸び散らかしていた。
「いやいやいいんだよ、そんなに行儀よくしなくても。一緒にこれから仕事をするんだから。それより、椅子はあるかな?かなり腰が深く入る奴があればいいんだが」
「すいません、パイプ椅子ぐらいしかないみたいです…」
小山内は申し訳なさそうに言った。
彼女の座っている椅子もパイプ椅子だった。