8 トモダチ 4

「夏美、たまには外に出ないと」
母親からそう言われて、しぶしぶ外に出る夏美。
夏美は自殺騒動からずっと登校拒否を続けていた。それは自分の活動できる場所が閉ざされてしまっている事を意味していた。唯一、思うとおりに動けるのが仮想空間の中だけだった。
それでも両親の前では元気な自分を演じ続けていた。そうしなければ親は心配してまた自分を精神病院へと連れて行くだろう。そこに何か偏見があるというわけじゃあない。ただ、自分は何もおかしくない、普通の人間なんだという事をせめて両親にだけは知っていてもらいたいと思っていたのだ。
だから、その日、街に出るときも、ほんの少し前、自分がそうしていた様に何かを気にするわけでもなく街に出るという姿を両親に見せていた。
だがいざ街に出ると突然気分が悪くなる。汗が出て目の前が真っ白になり、耳が聞こえなくなる。少し気分を整えようと壁を背にして座る。額に手を当てる。そこで初めて自分の両手も汗でびっしょりになっている事を知る。
「大丈夫かい?」
通りかかった初老の女性が心配してか夏美を見下ろしている。
「だ、大丈夫です」
そんな優しい言葉を掛けていても心の中ではどんな悪い事を考えているかわからない。無意識のうちに自分の心の裏側からそんな言葉が聞こえてくる。そんな事は考えたくないのに、考えてしまえば何か酷く自分が歪んだ人間になっている気がするのに、それを食い止めることも出来ずに垂れ流してしまう。そしてついにその力は夏美の理性を完全に塞いでしまって、
「ほっといてください」
そう口から出てしまう。
見も知らずの人がおせっかいを焼くなんて、下心が見えている。そんな疑心暗鬼な心が無理やり前面に出ようとしているのが自分でもわかっていた。
街の中心に近付くほど人が多くなる。
その沢山の人間の中の一人であるはずなのに、まるで自分が周囲の人々から見つめられているような気がして足がすくむ夏美。みんなが自分の事を嫌っている。誰もそんな事は口にしないのに、そう感じてしまう。でも、それは今までもそうだったのだ。自分の友達もクラスメートも、自分の事を嫌っているとは思ってはいなかった。けれども、事実は嫌っていたのだ。誰も口に出して「お前が嫌い」とは言わない。けれども裏では何を考えているかわからない。