14 トラ・トラ・トラ(リメイク) 5

メンテナンス用通路はカーゴが斜め45度に地下へと降りるのに添うように側に続いており、その先は真っ暗闇になっていた。しかし、正確には俺達がいる場所は真っ暗ではなく省電力設定になっている電灯の明かりが照らしていた。明かりが照らしきれてないのだ。
しかもメンテナンス用通路のはずなのにメンテナンスが行き届いておらず、時々、それらの明かりは消えたりついたりを繰り返している。
タチコマは戦車ながらも器用に音を立てずに階段を降りている…というか、階段は人間用に作られているので器用さに器用さを増して、片方の足を階段、もう片方を壁につけながら身体を斜めにしてゆっくりと降りているわけだ。
俺は俺でそろそろ人間の足を使って地面を歩くのが疲れてきた。
できるのならタチコマをここに置いて自分だけ空を飛んで、この斜め45度に延々に暗闇へと続く通路を1人、降っていきたいところだ。
その時だ。
『150メートル先に熱源を検知しました』
タチコマから電脳通信だ。
『そろそろハイブの居住空間に到着したのかな?』
真っ暗闇が先に広がっていてとても「居住区」があるようにも思えない。ただ、それを言うのなら南軍本拠地のカーゴにしても電力節約のためだろうか時折全て消灯している時がある。
同様の考え方で運営していそうな気もする。
『120メートル先に熱源を検知しました』
再びタチコマから電脳通信。
ん?
おかしい。
俺とタチコマは音を立てずに忍者のように忍び足で降っているはずだ。モノローグにしてもほんの3行過ぎた程度なのに、いま、30メートルも進んだのか?3行で3年経過したことを知らせるモノローグもあるから3行で30メートル進んでいてもおかしくはないのだが、はたして、ここに来て俺自信に疑問を持たせるような『移動速度』について言及を避けることはできないのではないだろうか?
そして次の瞬間、俺は不気味とも思えるぐらいに消えたり点いたりを繰り返す電灯に薄っすらと、音も立てずに動く何らかのドロイドのボディを見たのと、タチコマの『100メートル先に熱源を検知しました。100メートル先に、高エネルギー反応』という通信が頭に流れ込んできたのは、ほぼ同時だった。
「な、」
俺は「な、なにィィィィ!!!」と叫ぼうとしていたと思う。
しかし叫べなかった。
スローモーションだ。
スローモーションで俺の右腕、つまりはタチコマからはみ出ていた右腕の部分にバリアが展開された。だが一瞬で崩壊し、貫通し、戦闘服も腕の皮膚も、まるで豚肉を皮ごとバーベキューした時のように皮が破けて火がついた。それが俺にはスローモーションで見えた。
「あぁッっつゥゥゥ!!!」
反射的に俺は燃え上がった右腕を抱きかかえるように地面に転がって炎を沈下した。そして何が起きたをまず確認した。
タチコマの影が燃えずに残っており、タチコマの影ではなかった部分が真っ赤に燃えている。鉄がだ。鉄が高温に熱せられている。
「やばいやばい!!やばいやばいやばいやばい!!!」
俺は既にパニックになっていた。
さっきまで護衛についていた外国人どもを殺した時には屁とも思っていなかったのに、だ。それで自分の身体が少し火傷したから(少しではないが)大騒ぎをしたっていうわけでもない。
相手と同じ土俵の上で戦っていたと思っていたら、じつはまったく違っていて土俵の上から石を投げられていたという事態だ。つまり、俺はまったくもって想定外の強さを目の当たりにしていた。
「ヒュゥゥゥウウウゥゥゥ」
耳に鳴り響いた音は俺達のいる位置より100メートル先から聞こえてきた。もう一度明かりがチカチカと照らされると、明かりの下で不気味に蠢くものがいる。
その蠢くものは…まさに俺が一番、虫のなかでも大嫌いな『ムカデ』の姿をしておりムカデの動きそのままでムカデのように足の数が多いからという理由で高速に動くように…ロボットではありえないぐらいの滑らかで正確で高速な動きで俺達に近づいていた。
あの強烈に耳を痛める音は、奴が口から吐いたレーザー砲によって奴の口が熱せられて溶けそうになるのを防ぐため、冷却している時の音…映画の中で俺は見たことがあるだけで実物をこうやって目の前にできるのは初めてだ。そして貴重な経験である。経験したくない経験である。
タチコマのガトリング砲が火を吹いた。
しょぼい照明よりも遥かに明るくメンテナンス用通路内を照らす。
俺もタチコマの影から身体を出してチェインガンを取り出してムカデ野郎の身体に向けて放つ…放つ。放つ。
おいおい…おいおいおいおい!!!
俺とタチコマの物理バリアがしょぼいっていうのが痛いほどにわかる。このクソ昆虫野郎はATフィールドも真っ青の強烈な物理バリアを展開させ、俺達の攻撃を目の前で停めていた。
タチコマ!!撤退だよ!撤退!!」
「キミカさん、近くに横道に逃げれる通路はありませんか?」
「無いよ!!」
「第二波がきます」
「え、ちょっ」
調子にのって乗り出していた俺は素早くその身体を引っ込めた。
音もない。
ただ、カメラのフラッシュのように周囲が真っ白になり、光と影だけの世界になる。光はムカデ野郎の口から吐かれるビーム砲、影はタチコマの影だけだ。俺はその影の中に身体を引っ込めたが、影以外の部分がさらに熱せられる…さっきの攻撃が鉄を熱して真っ赤にするものなら、そこの同じエネルギーをぶつけて今度はドロドロに溶かすのだ。
溶けた。
俺とタチコマがいる箇所以外が全部どろどろに溶けて、まるで地獄の釜の中に滑り落ちる溶岩の如くハイブの奥へと溶けて落ちていく。
バランスを崩しそうになったタチコマが溶けていない部分に足を引っ掛けて身体を留める。
「後ろに後退できますか?」
タチコマが俺に聞く。
俺は後ろを見る…だが、そこには残念な風景が広がっていた。ぽっかりと円の形に通路の鉄が溶かされている。
綺麗なぐらいにタチコマの影だった部分だけが無事で他の部分は熱せられてとてもそこを「歩ける」状態じゃない。
『私が食い止めます。キミカさんは脱出してください』
くそっ、さっそく絶体絶命状態じゃないか。
タチコマ、前は?!』
『前は…第三波のレーザー砲装填を行っているところです』
『じゃあ、前だよ』
『作戦が理解不能です』
『前に進むんだよ!!間合いを詰めるのは武道の基本!!』
ロボットだけあってマスターの俺の命令は素直に聞いている。タチコマは一気に敵のムカデ野郎との間合いを詰める。
既に敵の物理バリア反応域に達してた。タチコマのバリアと敵のバリアが干渉して強度が弱まっているのがわかる。
俺はタチコマの背中にぴったりとくっついていた。
第三波が来たらさすがのタチコマも鉄が溶解する。合金で出来てるんだろうけれどもナヨナヨになって弾を貫通させてしまうだろう。
しかしこれだけの近距離でもロボットは、ロボットだけあってか肉弾戦には持ち込まない。
ムカデ野郎は50本ぐらいある足の25本でお尻を支えて、身体の半分を大きく立ち上げた。さっきとは体勢が違う…これは、正面から狙っても殺せないから俺を確実に仕留めるよう、立ち上がったってことか?
野郎、しつこくも再び装填を終えたレーザー砲…つまり奴の汚らしい口を俺達の方へと向けていた。
タチコマ!!体当たり!!」
「はい」
タチコマの足が仁王立ちになるムカデ野郎の胴体の下に滑り込み、踏ん張り、タックルの構え…そして、全力で胴体をムカデ野郎の胴体へとぶつける…機械と機械の強烈なぶつかり合いは凄まじい音を出した。
と、同時にバランスを崩すムカデ野郎。
口の中が光り始めている…第三波…させるかよ!!
「ちぇぇッス!!!」
と俺は叫んだ、同時に先ほど滑らかに突き出したグラビティ・ブレードがムカデ野郎の喉元に突き刺さる。
「とォォォォ!!!」
ブレードはムカデ野郎の喉元から脳天へ向けて流れるように斬った。
鉄は裂け、裂け目はグラビティ・ブレードの中に向かって流れて消えて、水中で…深海でドラム缶が水圧によってペチャンコになるように奴の頭は無様にペチャンコになった。
もうそうなるとゴミだ。
鉄くずだ。
まだ生きている下半身部分は鉄くずになっている上半身を外そうとうごめいている…。っていうか、この状態でどうやって戦うんだ?このロボットの司令塔は頭の部分じゃないのか?!
「しねェィ!!」
再びブレードを奴の残った下半身側に振り下ろす…が、ロボットの動きとは思えないぐらいに滑らかな回避をした。
そして、ムカデ野郎の節の1つだけ、ちょうど後ろの肛門の部分だけが分離して俺の方を向いて足を突き出し、何やら英語で話をしている。
極めて人間的だ。
それは挑発だ。
英語はわからないのだが、挑発だということがわかった。
まるでその足を手のように器用に使って、俺を指差して、英語で何かを言っている…その印象から察するに「ノコノコマヌケにここに降りてきたジャップは、いずれここが墓場になる」そんな感じだ。
奴が物言いを全て言い終えると、同時に俺のショックカノンが奴の身体を射程に捉える。
これが俺の答えだ。
引き金を引いた。
しかし、翻った奴の小さな身体は、俺のショックカノンによって上部の装甲を吹き飛ばされるも、結局中身のほうは無事で、それはそれは素早い動きで敵にケツを見せながら階段を駆け下りていった。