14 トラ・トラ・トラ(リメイク) 6

周囲には鉄粉が撒い、鉄が焼ける臭いと焦げる臭いが漂う。
鼻奥に鉄粉が吸い込まれれむせ返りながらも、俺は「何も考えず」前へ前へと進んだ。何かを考えようと思わなかった。ただその時はヘトヘトに疲れて鉄粉が舞うその場を離れたかっただけだ。
入り口の方向か、敵がいるハイヴの奥か、どっちに離れるかを考える余地はないから俺の脳は今までやっていた「作戦」を恰も日々の習性か何かのように継続して行うことを選択したようだ。
さて、ここで初めて一息入れることができる。
あれだけ到達が難しかったハイヴの内部へと俺達は降りることができた。じゃあ作戦を続行するのか?それを考えなければならない。
周囲は暗闇の中で赤色の電灯が所々に申し訳程度にあって歩ける程度だった。省電力設定なのだろうか?あまりにも何かの作業をするには考えられないぐらいに暗い。ここに到着するまで俺はてっきり搬送用通路だけが電源オフにされていたのだと思っていたからだ。
俺より少し遅れて到着したタチコマは、突然にも壁…壁の上部、隅のほうに向けてガトリングガンを放って何かを破壊していた。
「ゴキブリでもいた?」
俺が聞くと、
「監視カメラを破壊しました」
と、答えた。
俺は焼け焦げていた手が、ドロイドバスター特有の能力で再生していくのを見ていた。
「素晴らしい能力ですね。人間の細胞はこのように高速に修復されるものでしたか。その科学力をもってすれば私のようなドロイドの身体も修復できるはずなのに…」
タチコマはそう言って手をあげて「こんなにやられたよ」と先ほどのムカデ型ドロイドのビーム砲…粒子砲を喰らって溶けかかった合金を俺に見せた。鉄が熱せられると真っ赤になりいずれは溶けて液状になるわけだが、合金の為かそれともビーム砲を食らう前提で開発されているのか、タチコマの身体はさっきは真っ赤になっていたのに今では所々しか赤みがない状態。それでも俺に近づいた時は十分熱かったが。
しかしそれにしてもタチコマが言うのもわかる。
人間の…と言っても偽物でありアンドロイドのそれのようなすべすべした美しい皮膚が想像を絶するスピードで回復していくのに、これよりも遥かに構造が単純なタチコマの装甲は回復していない。
ケイスケの開発した技術は特許でもとられて軍では利用できないのか?
「特注品だからじゃないかな?」
と俺は適当に答えた。
「私の身体も特注品のはずなのですが…」
「ケチってるんでしょう。あたしのは軍が発注したものじゃなくて、ある科学者が作ったものだからね」
そう、可愛らしい中学生か高校生ぐらいの女の子の身体を模したものにわざわざ男の俺の脳を入れるぐらいには余裕ブチかましてる科学者の作った特注品である。そう簡単には壊れない…らしい。
さて、ここでシンキングタイムである。
このまま先へと進むか、撤退するか。
物語の主人公で男の場合は徹底的なまでに突き進む体育会系か、逃げちゃダメだ逃げちゃダメだと言いながらも最終的には逃げてもいいんだと言って逃げまわる文化系かのどちらか極端ではあるが、残念ながらこの物語の主人公である葛城公佳はそのどちらにも属さない。
アリや蚊や犬や猫、近所のガキでもいい、相手が自分よりも弱く、相手を完膚なきまでにボコボコに出来て、それなりにボコボコにする理由があるのならそれはそれはやり過ぎじゃねぇのかって言われるぐらいにボコボコにするが、相手が不良やヤクザやその他モロモロの俺よりも強い奴がいて、それなりにボコボコにされる理由があるのなら「脱兎のごとく」その場から逃げ出す。
それでも相手が俺の中に定義される「悪」であるのならその場から逃げ出したとしても執拗に証拠を突き詰め、世間に広め、ネットに広め、味方を多くしてから、その味方の群れに混じって石を投げ火を投げそれはそれはやり過ぎじゃねぇのかって言われるぐらいにボコボコにする。
とどのつまるところ俺は、物語の主人公たりえない、ごく普通のごく一般的なピープルであり、計算高く日頃のストレスが溜まってやたら陰湿で執拗で…何よりクズで、ハイエナのように美味しいもののおこぼれをもらうような、それでも生にしがみついて生を楽しんでいるような。
そういう人間。
物語の主人公には成り得ない性格だが、それでも一般的なピープルと少し違うことがあるのなら、その自分のクソみたいな性格を熟知していて、受け入れていて、肯定していて、愛していることだ。
自分の性格がクズだと思うことはイコール、クズであることを治そうとしている…と勝手に解釈されそうだが、案外、人は、いや生物は全般的にそんな綺麗な生き方はしないものだ。生物とは生きる物だから生物なのであって生きる目的が達成されるのなら本来なら法や倫理や正義なぞ二の次三の次四の次なのだ。
と、俺は腕を組んで考える。
美少女であり、水着の上に戦闘服を着た、その美しい刺客は考える。
「ん〜…」
「どうされましたか?」
タチコマが問う。
「いやぁ…帰ろうかなぁ」
「え?」
ドロイドのわりにもオーバーなアクションで身体を大袈裟に仰け反ってから俺に返すタチコマ
「…流石に今回のはちょっとキツいかなぁと思って」
と、俺は照れながら頭をポリポリかいて言った。
「戦略的撤退ですか?」
「いや、帰るんだよ、撤退じゃなくて『帰る』。帰ってシャワーを浴びて、ご飯を食べて、テレビを観て、ネットでバカな書き込みをして、眠気が襲ってきたら温かいベッドの中に入って寝るんだよ」
という俺の話の中、ネットでバカな書き込みをして、ぐらいのところでタチコマが黙って聞いていられない、とでも思ったのだろうか、
「それは流石にマズイのでは」
そう口を挟んだ。
「え?2chVipper板に今回の戦闘について書くこと?」
タチコマは手を振りながら、
「いえ…そうじゃなくて…確かにそれもマズイですが!そうじゃなくて『帰る』という行為です」
そう言った。
そんな話をする間にも俺はプラズマライフルを取り出して、それをどこともなく狙いをつけたりして『遊びながら』聞いて、
「だって、さっきのドロイド見たでしょ?あれが繰り返し襲ってきたら次は逃げれないよ。そのタチコマの合金が熱に耐えれるのはどれだけなのかわからないけど敵もシューティングゲームの雑魚じゃないんだから。勝てないのにノコノコ前にはやってこないよ。勝てると思って作戦を練ってからアタシ達の前に登場するんだよ」
そう言う。シューティングゲームのように敵が俺のたまたま構えたプラズマライフルの前に現れるか…わけないよな。
「しかし軍規では『帰る』という選択肢はありません。戦略的な撤退ならありえますが…私たちに与えられた任務を遂行するのみです」
「あたしは軍人じゃないんだよ」
「そうなのですか?」
「そうなのです」
タチコマは相方であり今まで『軍属』だと思っていた俺が「おうちかえるぅ」と言い出した事態に対して、ドロイドであり人工知能でありながらも若干慌てているようで、身振り手振りしながら、
「約束はどうなるんですか?あなたが石見博士とした約束…妹さんを救い出すという約束です。人間は簡単に約束を破るものですか?」
「人間は簡単に約束を破る生き物なんだよ」
と、俺は哲学的な答えを返す。
立て続けに俺は言う。
「あたしは仕事はしたことはないけれど、友達が仕事…バイトをしたことがあって、バイトでは出来ない仕事があったり、何かの都合で…例えば親が死んで葬式があったり、風邪を引いて寝込んだり、酒飲みすぎて二日酔いだったり、彼女と別れて失意の念に襲われた時とかは仕事をしなくてもいいんだよ。仕事をすることを契約書に書いているのにもかかわらず。君たちロボットは命令に従うだけなんだろうけれど、人間っていうのは自分の都合で動くし指示を出す側だって自分の都合で動くという前提で指示をするんだよ。それはゴミ取りのバイトでも草刈りのバイトでも工場の機械メンテナンスのバイトでもそうなんだよ。安全第一。それは軍隊でも同じ。明らかに死ぬとわかっている作戦だったとしたら、現場の判断で逃げてもいいことになってる。その時は現場の上官がいて『逃げる』っていうよりも脱出するようみんなで連携を取りながらだけど」
「キミカさんは、今、その脱出するという判断をしたわけですか?でも、脱出した後はどうやって石見博士の家族を救うのですか?」
「バイトの場合は休んだから別のシフトの人が担当する」
「しかし…軍の判断では別のシフトの人が誰も担当できないような案件だったからキミカさんにご依頼されたのだと…」
「あたしだってヒーローじゃないんだから何でもかんでも出来るわけじゃないよ。今まで頼まれたことは全部できてたけれどサァ…何でも出来ると思われて『ちょーしこいて』何でも頼まれるわけにもいかないんだよなぁ…ここいらで『こいつにも出来ないことがある』って思われとかないと、今後、好き勝手に何でも頼まれちゃうじゃん」
と、飲み会で酔った勢いでも話さないようなクズっぷりを、聞いてても誰にも暴露しなさそうなドロイドに向かって話す俺。
タチコマは表情は読めないが代わりにオーバーアクションで感情のようなものを俺に見せる…というか、そのようにできているのだろう。「もう帰るぅ」状態にある相方が現れたとして、それを引き止めるプログラムがじつは裏では動いているのかもしれない。
あたふたと動いて、考えるような仕草をしてからタチコマは言う。
「…そう考えるに至った経緯は、キミカさんがこの作戦は無理だと判断したからですよね」
「そうだよ」
「その見立てが間違っているかもしれません」
そのタチコマの見解を聞いた俺は美少女のヒロインが主人公と喧嘩している時のように口を尖らせて言う。
「なんでだよ!」
ただ、淡々とそれに答えるタチコマ
「まず第一に。この作戦はあくまで石見博士のご家族を救出する作戦です。敵と真っ向勝負するわけではありません…そして、私の見立てでは最初のあのドロイドがここでは最も強いと思われます。そして、」
「ちょっと待ってよ、なんでそう言い切れるのさ」
「もし侵入者がいたとして、まず最初に重量級のドロイド…最も『金のかかる』ものを毎回出動させるというのは、実にマヌケな行為です。今までの米軍はそのような対応だったでしょうか?」
「…確かに」
「最初はまず偵察や斥候があり、歩兵があり、軽ドロイドや装甲車があって、次に戦車や多脚ドロイド…最後に、爆撃機や人類史上局地戦において最高の破壊力を持っているビーム砲搭載ドロイドが現れます。相手が何者なのかわからない…下手すれば只の泥棒かもしれないのに、泥棒に向けて一発5000万のプラズマ粒子砲を放つことはコストメリットがありません。それなら日本政府側も泥棒を毎回忍び込ませれば、かなりの速さで米軍を衰退させることが可能となるでしょう…日本ではなくても中国がそれをやっているでしょう。既に」
「それはつまり、相手は…米軍は、ドロイドバスターである、あたしが攻めてくる事を知ってた?」
「そういう事になります」
「え、じゃぁ…」
「この基地で最高の力をもってして立ち向かって、それで失敗しました。相手を見誤っていたわけです。次は空爆ですが、空爆は派手です。ニュースになり、情報封鎖も役に絶たず、まさに海外政府がここぞとばかりに叩くでしょうし、何よりハイヴは空爆に耐える為に作られた施設ですからほぼ効かないでしょう。つまり、私とキミカさんが最初のドロイドを倒した時点で今、米軍の上層部はパニックに陥っているでしょう…ひょっとしたらドロイドバスターであるあなたが救出に向かった事を知った時点で既にそうなっていたのかもしれません。つまり…今がチャンスです」
そういえば…そうだ。
電源が落とされていた意味が何となくわかってきた。
…あれは…。
あの最初のドロイドは俺を倒す為じゃなく、
「ただの時間稼ぎです」
俺の脳にモノローグが流れる前にタチコマが言った。
「この基地は…放棄される…ということ?」
「電源を落として兵士は脱出を始めていると思われます。もう次にチャンスは来ないかもしれません。あなたが言うように『あなたがこれからやろうとしていたように』彼らは一度撤退して、上層部は…作戦に失敗した米軍上層部は、次はもっと堅牢で爆撃もしやすい僻地のハイヴ内に人質を置いて救出難易度をあげるでしょう。その頃は石見博士のご家族から情報の抜出しが全て終わって用済みになった彼女を殺害している可能性もありますし、そうでなくても、情報の抜出しがほぼ終わっていたのなら救出に向かった人も一緒に爆撃するかもしれません。後付で国際社会から避難されないような理由を考える十分な時間もあるでしょう。専用のシナリオライターを準備しているかも知れませんし、役者も雇っているかもしれませんね。落ち着いた頃にハリウッドでチームを組んで映画化すらやろうとしているかもしれません。そしてそれを観て日本の観客達は『全米が泣いた』という言葉に踊らされるかもしれません」
話が終わる前に俺はさっさと武器を取り出しておいた。そして、
「急ぐよ、タチコマ
そう言った。
「理解して頂けて光栄です」
俺とタチコマは破棄される予定である基地内を早足で移動した。
もう追ってくる敵は、立ち向かう敵はいない。
いよいよタチコマの背中に乗ってさらに速度をあげる。
そして言う。
「逃げている敵を撃つのは楽しいからね」
「そういう理由ですか」
「自分よりも強い敵と対峙する時に人は強くなるかと思われがちだけどね、案外そうじゃなくて、案外そんなに合理的には創られてなくてさ、下手に防衛本能が働いて逆に弱くなるんだよ。でも相手が弱いとわかっていたら強い相手と戦う時よりも強くなるのさ」
「それはキミカさんが定義するところの『クズ』ですか?」
「そう、客観的に見れば生物ってのは大抵がクズなんだよ」
「私はそうは思いません」
さらにスピードをあげるタチコマ
「この先に生体反応。4体」
「了解!」
カーブを曲がった瞬間、俺の目の前には米兵の姿。
タチコマガトリングガンと俺のレールガンが火を吹いた。
反撃する間もなく、一気に肉塊になる兵士達。
そしてタチコマは言った。
「あなたが定義するところの『クズ』が、おそらく生物学的には優秀なのだと思われます。負けそうなら守りに入り、勝てそうなら徹底的に戦う。これは防御と攻撃の基本です」