14 トラ・トラ・トラ(リメイク) 3

どれだけの時間が経過しただろう。
この潜水艦…いや、人間魚雷型潜水艦は、地球儀で言うところの海の色が激しく濃いところを移動していた。ただ、それは海面から10数メートルのところではないことは確かだ。
大戦時から日本の潜水艦は世界中で『忍者』と揶揄されるほど神出鬼没で、潜るときは、通常なら深海の調査をする場合にしか潜らないであろう深い場所まで激しく潜り潜むので、結果、殆どのソナーに引っかからない。引っかかったのはイギリスだかフランスの深海火山調査をしていた時に日本の潜水艦『らしきもの』が移動していたのを発見したとか、そのレベルである。
政府はこれを否定し…と言っても、日本政府は国民IDが振られた人々の意識の集合体なわけで、軍が行っている防衛任務の細かいところまでは把握していないから(情報漏えい対策)潜水艦の位置まで知るわけがない。
そして多くの人が抱く疑問は、何故、そんなに深くまで潜り、殆ど補給を行わずにジッと潜んでいられるのか?
答えは簡単だ。
潜水艦を動かすバッテリーは海底にある熱源や太陽光で補給されるから。必要であれば、位置がバレるが衛星軌道上からのマイクロ波による送電で補給が可能だ。で、食料や水はどうするのか?と疑問を持つだろう…そう、それらは必要ない。何故なら人が乗っていないから…。
というわけで、普段なら武器庫として使われているであろう船内に俺用に座席が設けられたわけだ。水圧を調整する装置も即席でつけたんじゃないのかぁ?人が乗れるようにする必要がそもそもなかったものだからなぁ…クッソォ…命を粗末に扱われている気分だ。
俺の電脳視界に展開されている地図はハワイがありそうな海域の島に近づいていた。海の深さを表す色は薄い青。これでも結構な深さはあるはずだけれど…電脳にはこの回天と呼ばれる魚雷…いや、小型潜水艇からメッセージが響く。
『目的海域にはいりました。減圧し居住区を射出します』
「きょ、居住区を射出ゥ?!」
「キミカさん、そろそろ着替えておいたほうがいいですよ」
お、おう。
耳に圧を感じながら、俺は用意されたバッグの中に入っていた水着に着替える為にドロイドバスターの戦闘服を脱ぎ捨てる。
「その戦闘服に防御力はないのですか?」
「見た目だけのものだよ」
ケイスケが用意していた水着は黒のビキニか…この任務が始まって唯一これだけは安心できた。あ(変)い(態)つの事だからスクール水着でも用意してるのかと思ったけど、海水浴客に混じって進入するからそんなもの着てたら目立って職質受けそうだしな。
『居住区を射出しました』
え、もう?!
俺は慌ててまだ装着していなかったブラの部分をつけようとする。
その瞬間、船内の電気が真っ暗になる。
「うわ、なんだこれ!!」
「海水が侵入してきていますね」
「なんだよこのボロ船!!!おいいいいいい!!!」
一瞬で船内は海水に沈んだ。
空気がない…。明かりもない…真っ暗な中で、船体が、まるで用意されていたかのように綺麗にバラバラに分解されていく。上と認識できる位置にぼんやりと明かりがある。
海面があるぞ。
下を見下ろす…今しがた綺麗にバラバラに分解されていった『居住区』部分が重さで海底へと沈んでいく。
その中にタチコマの姿が…っておい!!
タチコマ沈んでるよ!!』
『はい』
『はいじゃないよ!!』
『私は海底を歩いて向かいます』
『なるほど…』
これからは俺が泳いでいくしかないわけか。
重力制御ができるのは海底のような液体の中では無理みたいで、俺は普通の人間と同じ様に泳いでいた。
そしてふと、電脳視界に展開される地図を観てみる。当初定められていた作戦どおり、地図ではなんたら海岸へと近づいていた。だが、相変わらず漆黒の海底は続いていて足が砂浜につく雰囲気はない。
ようやく海面まででる…GPSが狂っていないのならこれが太平洋のど真ん中ではない…はず!!もしど真ん中だったら狂ったGPSを頼りに空を飛んで日本に帰ってから南軍の基地内で暴れてやろう…。
目の前には水平線、そして青い海が広がっている。波が強い…。
って、おい、島がないぞ!!
身体を回転させる…。
おぉ…。
タチコマ、どうやら海水浴場が見える位置までついたみたい』
『了解しました。地形情報を送信します』
タチコマが調べたリアルタイムの海底の情報が俺の電脳視界に広がる。見えている海の上に上書きされて、海底が見える。サンゴが見える。泳ぐ魚が見える。思ったよりも深かったみたいだ。
そして、空が見えたから俺は、今ようやくドロイドバスターの能力である重力制御が行える。と、言っても空を飛んでるところを見つかったら元も子もないから…あくまでサーフィンでもしているかのように、海面スレスレに足をつけてぇ…。
俺はグラビティコントロールで身体を持ち上げて、足が海面スレスレにつくような位置に持っていった。そして、一気に身体を水平に押す。
「ひゃっはー!!!」
俺の背後には衝撃波により水しぶきが上空まで拭きあげた。
水を吹き上げながら水面を移動する。
どんどん島が、海岸が、海水浴場が、観光客が近づいてくる。
『キミカさん、泳ぐのが早いですね。マグロのスピードですよ』
『艦娘やでぇ!!』
観光客の顔まで見えるような位置で俺はグラビティコントロールで行っていたなんちゃってサーフィンを解除し、泳ぎに切り替える。
タチコマ、ここ…場所あってるんだよね?』
『はい。ハワイです』
『なんか…』
そう、なんか…さぁ…これ日本のどっかの島なんじゃないかって思ってしまった。それぐらいに日本人ばっかりなんだけど。
『観光客が日本人しかいなくて、場所を間違えた感ハンパないんだけど…本当にハワイなの?ハワイのなんとか島?』
『私のGPSが狂っていなければそうです』
周囲には家族連れであったりカップルであったり、女子だけ、男子だけでの海水浴を楽しむ人達がいる。
気づけばもう腰あたりに海水があるほど浅い砂浜近くに着ていた。そこで俺はつい最近やってるグラビティ・コントロールを用いた髪を早く乾かす特技をご披露する。
「初の海外旅行が海からご入国とはねぇ…」
そう独り言を呟きながら。
水しぶきが玉状になり、空中に浮かぶ。濡れた髪もほぼこれで水分を吹き飛ばせば自然と乾燥するわけだ。
と、周囲の男達の視線…。
おっと、俺としたことが一般人の前でドロイドバスターの秘儀を放ってしまったか。話題になってしまうとまずいからこれぐらいにしておこうか。グラビティ・コントロールを解除すると水しぶきの玉が重力を与えられて海面へと降り注ぐ。
パツキンの妙にスタイルのいい外国人女性がカクテルだかジュースだかを運んでいる。あぁ、そうか、さっきはGPSを疑っていたけれどこれで納得した。ここはやっぱりハワイだよ。
日本ではこれはやらない。
日本では日本人の『アンドロイド』がジュースを運ぶからだ。
妙にスタイルがいいのもアンドロイドだからだろう。
だからぁ…。
「こんにちは」
「はい、ご注文をお伺いします」
日本語も通じるわけだ。
「ここはどこ?」
「現在地は『ハワイ島・カイム・ビーチ・パーク』です。世界でも有数の火山が見渡せる砂浜です」
よし、GPSは間違ってなかったのが確認できた。
タチコマぁ、まだ?』
『私はキミカさんのようにマグロ泳ぎはできませんから、時間がかかります。あと32分でキミカさんと合流可能です』
『そうか!それは素晴らしい』
それまでの間は任務から離れて海外旅行を楽しむことができるわけだ。
「それじゃ、適当にカクテルなんていうのをつくろうってくださいな。あたしはそのあたりは詳しくありませんので」
と目の前のアンドロイドに言う俺。
「12ドルになります」
高いなぁ…ん?俺はドル札なんて持ってたっけ?
いやまてよ、おい、財布は持ってたっけ?
持ってるわけ無いじゃん!!ドロイドバスターに変身した時に財布なんて持ってないじゃん!!!そうだ、変身を解除したら財布が…いや、まてまて、持ってなかった…そうだ、それは男の時にはズボンのポケットに財布を入れてるんだけれど、女にはスカートのポケットがないから、つまり、俺は…無一文野郎に…。
『どうかしましたか?』
『…財布を忘れた』
『私にはオサイフ機能はありません』
『はい…』