13 囚われの妹(リメイク) 5

司令室には俺と司令官のマダオ、副司令のミサトさんが残されていた。ケイスケのズボンも残されていたから、ケイスケはパンツ一丁で帰ったことになるんだろう…。
だがそれはどうでもいい。
それすらもどうでもいいぐらいに酷い状況だった。
「司令、どうするんです?」
副司令のミサトさんマダオに聞いた。
「我々は、我々が出来ることをするだけだ。人はその時に出来ることをただ積み重ねてきた。後はそれを歴史がどう評価するかだけだ」
そう言ってマダオはホログラムのスイッチをオフにした。
もう先へ進めるのだろう。
察して慌ててミサトさんは俺に言う。つまり、差し迫った状況だということがその雰囲気だけで俺には理解できた。
「ねぇ、キミカちゃん。キミカちゃんだけの判断で今回の作戦に参加してもらえないかしら?確かに石見博士は色々と家族とあったから複雑なのは否めないわ。だけど、だからといって妹を見殺しにして良いことなんてあるわけがないでしょ?」
「それは…そうだけど…。あたしはケイスケに家に住まわせてもらっている身だし、ケイスケが嫌がることを一般常識的には正しいからとそれに従ってやったとしても…」
「…」
俺だって正しいと思っているのなら正しいと思っていることを素直に出来たほうが幸せだ。だけれど、この話にはもっと根本的に解決しなきゃいけないことがあるんだよ。それが米軍による拉致っていう形で、解決もままならぬままに急ぎ足に判断しなきゃいけなくなってる。
家族間の話だとか、ケイスケと俺との話だとか。
「司令。提案があります」
ミサトさんマダオに言う。
「なんだ?」
「キミカちゃんに説得させてみてはどうですか?」
「奴は親友である俺の説得に応じなかったんだぞ?」
さっきのケイスケの反応が結構ココロにキテるらしいマダオ。なんだかんだ言っても親友だというのは強ち言葉のアヤっていうわけじゃないく、本当にそうらしい。
ミサトさんは少し咳払いをしてから、
「シンジ君のこと、もう少し信じてあげてもいいのでは?」
おい。
普通に言ってもダメならエヴァネタで攻めてみたました的なのやめてくれませんか。また調子に乗ってマダオが…。
「いいだろう。シンジ。やれるか?」
「おい」
「せっかく雰囲気が出てきたのに」
「とにかくエヴァネタはやめてください」
「…」
「わかったよ、説得してみる。ダメだったら…」
「その時は、俺が俺の責務を果たすだけだ」
「ダメだったらあたしが、あたしの価値観に従ってケイスケの家族感を全否定してボッコボコにしてここに連れてくるよ。顔の形がブタと区別がつかなくなるぐらいに」
と俺は拳をポキペキ鳴らす。
「い、いや、そこまでしなくてもいい…」
「遠い場所で妹が殺されるかもしれないのに、顔の形がブタと区別がつかなくなる程度は屁でもないでしょう。ついでに身体の形もブタと区別がつかなくなるぐらいにしてあげようかと」
「既に今の時点で区別がついてない、というか既にブタのようなものだからそれはやるだけ無意味だ…」
というわけで、俺は帰路についた。
ここ数日はまともに家に帰ったような気さえしなかったけれど、よくよく考えるとまだ1日しか経ってない。色々なことが起きすぎて1日が長く感じるのは子供の1日と老人の1日の長さが違う論にも通じるものがある。つまり、色々なことが起きすぎて俺はとても疲れていた。
公共機関を使おうとも思ったけれどその力も無く、俺は面倒くさいのでドロイドバスターに変身してから空高くへと飛び上がって、現在地を確認した。やっぱりそうだ。北九州と門司港、下関が見えるからここが南軍の基地だということがわかる。
どこにそんな土地があるのかと思っていたけれど、地下に大規模に作られた基地なんだな。地上にひょっこり出てきているトンネルやらがシェルターに繋がっていたとは…昔、中国と戦争をしていた頃は北海道と九州が爆撃やミサイル攻撃の標的にされていたから、地下に基地を作っていたというのは本当だったのか…。
などと考えるうちに、関門海峡を超え、山を超え谷を超え、第四首都の山口県へと入る。
「うぅ〜…さむさむ…」
空高く上がるとさすがにこのドロイドバスターの身体でも寒い。怪我をしても通常の人間よりも感覚が調整可能のこの身体でも。
着地と同時に変身を解いて普段の女子高生の姿に戻る。
ジェダイがフォースでドアを開けるがごとく、俺はグラビティ・コントロールでドアを開けて「ただいまー。ご飯まだぁ?」と勢い良くリビングに入る…と、あまりの異様な光景に俺は思わず。
「おぉぅ…」
そう言ってしまった。
部屋が暗くてテレビもついてない。普段ならケイスケが録画していたアニメを鑑賞している時間なのに…そして、リビングとキッチンにだけ明かりが灯っていて、コンビニで買ってきたであろう弁当が乱雑に置かれているだけだ。
それをモシャモシャと食べているブタ…いや、ケイスケの姿がそこにある。異様だ。とても異様だ。
電気代が勿体ないからとキッチンとリビングだけに明かりを灯し、料理を作るのが面倒くさいからとコンビニで買ってきた弁当を食べる…そんな家庭はゴマンとある。だから遠く離れた場所で突然、今の俺とケイスケの姿を見た外野の誰かは、違和感なくその光景を受け入れるだろう。
しかし、普段からケイスケと過ごしている俺に言わせると、それはとても異様だった。あのケイスケが、グルメなケイスケが『コンビニの弁当』というDQNの一般的な食事を食っている、しかも明かりも必要最低限にして、テレビだってつけていない。
「あぁ、キミカちゃん、お帰りですぉ…」
疲れた顔でそう言う。
少し痩せてるんじゃないかと思ったぐらいに窶れている。
「えと、これがあたしのぶん?」
「そうですぉ…確かキミカちゃんはファミチキとティラミスが好きだったから、ファミチキとティラミス買ってきましたぉ…」
って、おいおいおい…確かにファミチキとティラミス好きだけど夕御飯にファミチキとティラミス食うやつがどこの世界にいるんだよ、あぁ、今から俺がそれをするからここの世界線にいるわけか。
「あぁ…どうも…」
俺はファミチキを食べながらミサトさんの話を思い出していた。
ケイスケとケイスケの妹の話。
ケイスケの妹は若い頃から…とは言っても俺の想像していた若い頃は少なくとも大学卒からだけれど、妹さんの場合は中学生ぐらいの頃からだから凄まじい。その頃からドロイド開発の分野で天才的な才能を発揮していて、学校に通う傍らで既に『柏田重工』と呼ばれる兵器関係の会社へ入社していた。
一方でケイスケのほうもやっぱり血が血なのか別の分野でも才能を開かせていた。おそらくはドロイドバスターだとかそういう特殊な兵器の分野だろう、ただ、俺も知っているがこの分野はアナーキーなところがあって、学会ではあまり相手にされていないらしい。だから兄と妹で陽の目を見る者と陽の目を見ない者に別れた様な状況になってしまっていた。
ちょうどその頃に母親がテロで死に、ケイスケも妹も精神をやられていた頃…ケイスケの研究資料が何者かによって外部へと漏れた…形跡があった。で、ケイスケはあるマスコミの1つの記事を信じた。
そこには妹さんが柏田重工に依頼されて、妹という立場を利用してケイスケの研究情報を盗んだのではないか?という根も葉もない噂。
しかし、その噂も様々な点と点と線で繋げてみると偶然にも成り立つわけで、ケイスケも元々は家族というものに重きを置いていなかったせいもあって、妹を疑うようになっていた。
疑いの芽は晴れるまもなく、今回の事態に至ったわけだ。
俺はファミチキをモグモグやりながら、
「ケイスケぇ…妹さんのこと、」
と言い掛けたその時だ。
おそらく、妹さん、の「い」が出た時、
「もうその話はたくさんですぉ!!!!」
と言われた。「もうとさんのこと、」の部分は既にケイスケの大声にかき消されて聞こえなくなってしまった。
「そんなに大声で怒鳴らなくてもいいじゃん!」
「キミカちゃんは兄弟とかいないからわからないんですぉ!!自分の分身みたいでムカつく存在ですにィィ!!!」
「死ねって思うぐらいに?本当に死んだとしてもいいの?」
「いいですぉ!!!」
「兄弟姉妹がいる人で本気で死ねだなんて思っている人はいないよ」
「…」
「妹さんがケイスケの研究資料を外部に漏らしたんだと疑ってるんだよね…それは本当にそうなの?」
「そうに決まっていますォ!!!」
「決まっているって、100パーセントそうなのか決まったわけじゃないって、マダオもそう言ってたよ」
「…富と名声にうつつをヌかしていた妹ならやりかねないですにぃ…。ボクちんと違って正義だの悪だのなんて非現実にはことには関心がない…だから妹は企業に唆されてあの年齢で入社して働いてたんですぉ」
「あたしが言いたいのはそういう事じゃなくて、100パーセントやったってわけじゃないのに勝手に決めつけてそれで妹さんが死んじゃって真実が何もわからなくなってもいいのかってことだよ」
「…た、例えそうじゃなかったとしても、妹のような人間なら、」
「本当に嫌いなら、アタマの天辺から足の爪先まで全部嫌いになってから答えを出すべきじゃないの。『そうに決まってる』とか、何かを研究して答えを出す分野にいる人がそんな意見を言ってていいの?」
「うっ…」
「イジメだってそうだよ。相手のことを何も知ろうともしないで、ただなんとなく気に入らないからってイジメをしているんだよ。ケイスケは正義を信じてるっていうけど、ケイスケの言う正義ってそういう薄っぺらいものだったんだ〜…ふぅ〜ん。じゃあイジメっ子とおんなじだね」
これは…効いたか?
かなりアタマを抱えて髪の毛を掻き毟り始めたぞ。
「…わ、…りましたぉ」
「ん?」
ケイスケは静かに椅子から立ち上がって、その巨体をフロアに座らせて、そして土下座をしてから叫んだ。
「わかりましたァァァ!!!キミカちゃん!妹を助けに行ってくださいですぉ!!!これは石見夏子の兄、石見佳祐としてのお願いですォォアァアァアァ!!!!」
俺はそのちょうど踏みやすい位置にある頭を踏んでから言う。
「よろしい。引き受けましょう」