13 囚われの妹(リメイク) 4

妹が米軍に連れ去られた、という情報は普通に考えれば血の繋がった家族に一大事が起きたのだから驚くべきところだし、顔色のひとつも変えるものだ。普通に考えれば。
しかしケイスケは顔色ひとつ変えずに、
「あったり前田のクラッキング講座ですォォ!!」
と普段の調子で怒った。顔を真っ赤にして怒った。
よくよく考えてみると顔色は真っ赤に変わっていた。
ちなみに『あたり前田のクラッキング講座』というのは、『前田』という自称YouTuberの男性が広告費欲しさにYouTubeクラッキング講座を開いたわけだが、あまりにパソコン初心者が質問攻めを食らわせてくるので「そんなの知ってて当たり前だ!!!」とキレて逆にそのキレ芸が有名になり、『あたり前田のクラッキング講座』という番組のアダ名だけが広がったものである。
今やモトのネタが何なのかすら殆どの人にわからないのに『あたり前田のクラッキング講座』という言葉だけは語り継がれているわけだ。
「そうそう、あたり前田のクラッキング講座だよ。って、えぇ?!」
俺はケイスケを追従して援護したものの、逆の意味にも捉えられる言葉を奴が吐いたのでそれに驚いた。
俺は続けて聞く。
「妹さんなんでしょ?なんでそんな言い方するんだよ」
「血の繋がっている『妹』なんて本物の『妹』ではありません」
「おい」
「エロゲの中では近親相姦はタブーなので登場した時は『妹』って紹介しておいて、後のファンブックの中とかで『腹違いの』って付け加えて法律の網の目を掻い潜っているんですぉ!!!」
「そんな説明はいいから」
「あンのクソ妹がボクチンの素晴らしい発明を諸外国に漏らしたに決まっていますにぃィイイィィ…(睨」
ケイスケの発明…ドロイドバスターの発明を妹さんが盗んで漏らしたってことなのか。あの家に一緒に住んでいたら地下の研究施設のことなんて直ぐにわかりそうなものだしな…。
「で、でもさぁ、家族なんだし…」
と俺が言うも、ケイスケは漫画みたいに目を血走らせて、顔の筋肉をフル活用して変形させてから、
「かァぞォくゥ…?」
と、そのキーワードを発したら罰ゲームでも始まるんじゃねーのかっていうぐらいの勢いでキレてきた。
ケイスケがキレて俺の首を吊るしあげるその前に、髭のおじさんことマダオが間に入って言う。
「シンジ…いや、キミカ君」
「まだそれ続いてたんだ…」
「家族…というのは、『家族』という言葉は、正義と悪の定義のように人それぞれで大きく概念が異なる言葉なんだよ。キミカ君の中での家族が必ずしも世界共通の認識ではない。人の数だけ、様々な家族が存在し、そして、必ずしも全てにおいてそれらの言葉が幸せの意味合いを持っているわけじゃない。ケイスケにはケイスケの思いがある」
そう。
意外にもそれは俺に対する批判だった。
俺の脳裏には最近のニュースがふいに飛び込んできた。
そこには結婚の自由化により結婚しない選択肢を選ぶ人間が意外にも多く、それでも子供が欲しいと思う人間がおり、精子バンクなどを経由して機械的に妊娠し子供を産んだはいいものの、育てるのに苦労するので兄弟姉妹を別れ離れにさせる話だ。
しかし、それも合理的かつ自由な思想の中に振り回された結果だ。そこには悪意なんてものはない。悪意があるとするのなら、俺のような、ちゃんと親と子の血が繋がってて同じ屋根の下に暮らした人間が、当たり前のように享受した『幸せ』の形を赤の他人であるケイスケに押し付けたことぐらいだろう。
俺が俺で幸せだったのなら、他人がその同じ幸せの形にならなくてもいいだろう。違うからといって批判することのほうが自分勝手で、横暴である。ましてケイスケからしてみれば、同じ屋根の下に暮らしているものがケイスケを裏切ってドロイドバスターの情報を誰かに売っていたということは、それが事実であるかそうでないか別にして、家族すら疑わなければならないという意味での『家族』という定義があるわけで、何も知らない俺が軽々しく首を突っ込める話ではない。
だから俺はケイスケが怒り狂っていることも、マダオや副司令の無言の訴えも読んだ上で、それ以上は何も言わなかった。
少なくともケイスケを説得する材料として『家族だから』という言葉は無意味だし逆効果なわけだ。
マダオは言う。
「説得しようと思った俺がバカだった…お前は昔から筋の通った理系だったからな。ちゃんと理にかなってないと、『その場の空気で』とか『親だの親友だの家族だの』とかでは動かない男だ」
へぇ〜…そうなんだ。
「へッ…わかってるのにとりあえず練った作戦だからやってみるっていうのが愚かな文系を体現していますにぃ!!!そんなのが司令官だなんて斜め上の次世代型インパール作戦を繰り広げそうで末恐ろしいにゃん」
「だから次の作戦も練っておいた…ケイスケの秘密を、お前と同居している彼女に知られて欲しくなかったら素直に従ってもらおうか」
彼女…って俺のことかよ。
そうか、俺は女の子の姿だったな、今、再び思い知らされたよ。
「な、何をするつもりですぉ!!!」
「我々は石見圭佑博士宅を虱潰しに調べあげた。邪魔するものはどこにもいなかったからな…この意味がわかるな?」
「はッ…まさか…」
おいおいおいおい…ケイスケが2次元の美少女好きっていう以外にもヤバイ秘密があるのかよ、爪を瓶に集めてるとか、女の身体を爆発させて腕だけを持ち歩いてるとかか?
「そのまさかだ。さぁ、どうする?…キミカ君の前でこの石見圭佑の秘密を暴露されたくなければ…ん?」
ケイスケは震えていた。
そして静かに俺の前に跪き、土下座したのだ。
「これからキミカちゃんの前にボクチンの秘密が暴露されてしまう、だから事前にこの醜態を晒すボクチンを『謝って』おくのですぉ…!!!これが『覚悟』ですにィィィィイイィ!!!」
「…ケイスケ…お前は既に『覚悟』をしてきたと…言うのか」
「その覚悟をしてまでも妹を助けるために軍に協力はしない!!!そういう意味も含めた覚悟ですォォァァ!!!甘く見るな!!」
「…いいだろう。お前の覚悟、この目に焼き付けよう」
そう言ってマダオはリモコンのスイッチを押した。
え?
なんだこれ…?
司令室の豪華なホログラム・シアターには映像が映し出されている。
そこは部屋の中だ。
部屋のベッドには美少女がキャミソール姿で寝転がっていた。朝の光が射してきて目が冷めたのかその美少女は起き上がった。
って、これ、俺じゃねぇか!!!!!
映像の中の美少女こと俺は、何やら学生服やら体操着やらブルマやらスクール水着を物珍しそうに床に並べて、その触り心地などを楽しんでいたり、股間の部分を舐めたりしていた。
って、おいいいいいいいいいいい!!!!!
何やってんねん俺!!
そういえばしたわ!!!
股間の部分舐めまわしたわ!!!
マダオが顔を真っ赤にしてその映像を見るなか、キャミソールでパンツ一丁な美少女が自らが今後着るであろうスクール水着やらブルマやらの股間を舐めるというシュールな絵を見てミサトさんはジト目で睨んでいた。ホログラムを睨んでいた。
「え、ちょっ…」
次のシーンではミサトさんまでもが顔を赤らめた。
それもそのはずだ、さっきまで股間を舐めてた美少女がキャミソールを脱いでパンツを脱いで、スクール水着着始めたわけだ。
あぁ、やりましたわ。
着ましたわ俺。
スクール水着マニアな俺はスクール水着着た美少女を間近で見たかったんだよ、そういう気分になってたんだよ。だってそうだろ、自分の言うことを何でも聞いてくれる美少女が側に(自分自身がそうなのだから)居るようなものじゃないか、従わせるに決まってんだろ。
やっぱりというか、俺は俺でしかなかったというか、美少女はそのまま鏡の前に座って、ちゃんと着てたスクール水着股間の部分を捲って『具』を思いっきり鏡に映しながらクリの助を突き回しましたわ、そうですわ、あれは気持ちよかったなァ…。
「あっ…あぁ…あんッ」
映像からは美少女のアニメ声が、いや、俺の声が響く。
「止めろォォォォォオオォォォァァァッ!!!」
同じアニメ声で俺はマダオに怒鳴る。
シーンは既に鏡に抱きついて股間をこすりつけてるところだ。スクール水着の美少女が自分の姿みて興奮して鏡に抱きついて股間を支柱に擦り付けるというシュールな映像が流れる。が、
マダオはエロビデオを見ている最中に後ろから親に呼ばれた時のような凄まじい反射速度で停止スイッチを押して動画を終了させた。
「なんてもンとっちょんじゃァァァ!!!!貴様ァ!!」
俺はちょうど土下座していて踏みやすい位置にあったケイスケの頭を思いっきり踏んづけてグリグリと捻る捻る捻る。
しかし、案の定だ。
ケイスケは苦しむ素振りすら見せない。
「無駄のようだな…ケイスケにとっては足で踏みつけることも『ご褒美』になっている…飼いならされた豚のようだ」
「ヒッ!!」
俺は思わず足をどけた。
ケイスケは顔を高揚させてよだれを垂らしていやがった。
なんて野郎だ…全ての攻撃をマゾ化することで吸収している。吸収して感じているのだ。コレほど恐ろしい(そして気持ち悪い)敵はいない。
ふと、俺は最初っから思っていた疑問をぶつけてみた。
「どうしてケイスケに頼ろうとしてるの?ケイスケなら妹さんを救出できるって策でも思い浮かぶの?」
「それはキミカちゃんが単身、妹さんを救出しに行くって作戦が練れるわけじゃないの。そういうことよ。石見博士にお願いしてるのはキミカちゃんを一時的にお借りしたいってことなのよ」
「お借りしたいって、あたしはレンタル品じゃないんだけど」
「あ、うん、えーっと…そう、バイトよ。バイト!」
「…」
間に割って入るマダオ
「もしキミカ君を当作戦に参加させることに失敗した場合…」
そう言って続きをミサトさんに話すよう促すマダオ
副司令ことミサトさんは続ける。
「連れ去られたのが一般人ならまだ問題はないのだけれど、兵器メーカーで世界的にも有名なトップクラスの柏田重工で、さらにその中でもトップクラスの兵器開発者ともなれば、それは頭のいい人でも凄い人でも石見圭佑さんの妹さんでもなんでもない…『歩く軍事機密情報』になるのよ。彼女を失うことだけでも十分痛手だけれども他国の手に軍事機密情報が渡っているという今の状況が一番の痛手なわけ。これが政府で協議されればなんとしてでも奪還せよと命令がくだるわ。そして、当然だけれど奪還することはキミカちゃんを抜きにしたら、われわれ南軍だけでは不可能に近いのよ…それは分かるでしょ?」
「…アメリカに戦争を仕掛けるってことだから?」
「そう。じゃあ奪還がダメっていうなら…別の作戦になる」
「奪還以外にも手があるの?」
「政府は答えを出せないままに終わるでしょうね。だから、軍としてはもう1つの手段を用意しているの。これは未来永劫、公にはされない。でも国や軍を守るのには最善の策よ」
「…まさか」
と俺は言う。
それはとある兵器の設計図が敵に渡った時に、どうするべきなのかの答えにもなるだろう。1つは奪還すること。でもそれが無理なら…
「そう。石見圭佑さんの妹さん、石見夏子博士を殺害する」
俺は思わずケイスケの顔を見てしまった。
しかし、俺の思惑は外れてやっぱりケイスケはドヤ顔で、
「それがどうしたっちゅぅねん!!!」
と言い放ちやがったわけだ。
「それがどうしたじゃないよ!!!たった一人の妹なんでしょ!!なんでそんな平気な顔してられるんだよ!!!!!!」
またしても妹…家族というキーワードを出してしまった。
しかし、妹が殺されるかもしれないっていうのに感情のゆらぎが何一つ無いっていうのが、家族をテロリストに殺された俺からしてみれば受け入れがたい事実だったのだ。
「ボクチンにはなんにも関係ない事ですにゃん!!どうせアイツの事だからお金を渡されればヘイヘイ手ごまを擦りながら言い寄って軍事機密もパンツの色もクソした回数までペーラペラ米軍に話してくれますォォ!!!早く殺さないとマダオエヴァ趣味もエヴァの登場人物に名前が似てるからっていうだけでミサトさんを副司令に昇格させた事実もぜーんぶ米軍に暴露されてしまいますォォァァ!!!」
「それが正義の味方の言うことかァァァアアァ!!!妹1人守ってあげれなくて、困っている人を誰一人救うことなんて出来るわけないでしょうがァァ!!!!」
と俺はグラビティ・コントロールでケイスケの身体を逆さ磔してケツにパンチを繰り出した。司令室にはケイスケのケツが激しくパンチされる音が響く。
「た、例え、ボクチンがここで辱めを受けても、あンのクソ妹を助けるような愚行は行わない…行わないと神に誓いますォォァァァ!」
この冗談のような雰囲気を破ってマダオがケイスケに言う。
わりと本気っぽい声で言う。
「これはお前の親友としての俺からの頼みだ…」
「む、無理な相談ですにぃィ…」
まだ頼んでもないのに無理な相談とか言ってるし。
ほんと、きくみみ持ってねぇな…。
しかしマダオはそんなケイスケを無視して言った。
「お前の妹を殺害する命令を俺に出させないでくれ」
「…」
それは切実な頼みだった。
さすがのケイスケもこれには言い返さなかった。
さすがに俺も逆さ磔を解いた。
パンツ一枚になったケイスケは俯いたまま床に座る。
司令官と言えども人間だ。
国民一人一人の命を預かるだろうけれども、その一人一人の名前を覚えているわけでもない。そんな彼がある特定の人間を殺す命令をしなければならない。それが国民一人一人の命と天秤にかけられていて、しかもそれが親友の妹なのだ。
使命をまっとうするのなら天秤にすらかけてはならない両者だろう。
しかし、ケイスケを親友として説得することが出来たのなら、自分がその嫌な天秤に大切なものを2つ乗せるような事をしなくてもよくなる。
そして、親友なのだからその望みはあった。
はずなのだけれど…。
「それはマダオの仕事だからしょうがないのですぉ…」
ケイスケはそう言ってズボンを履いてない状態のまま、司令室のドアを開けて、廊下をトボトボと歩いて去っていた。
もう一度逆さ磔をしようとした俺をマダオミサトさんは止めた。