13 囚われの妹(リメイク) 4

俺は髪をタオルで乾かしていた。
先程までシャワーを浴びていたから仕方がない。
今、俺の前にはケイスケの家に置いてあるような大型のホログラム・ビジョンがある。表示されているものは島の形をした何かと、建物の形をした何か。関係者ならわかるはずだ。
そして関係者らしき連中が俺の前にいる。
1人は40代ぐらい…サングラスを掛けて肘をテーブルにつけて、顎鬚のある口の前で手を組んで、ジッと俺達のほうを見ている男。1人は20代ぐらい…その側でスタイルのいい華奢な身体にPadを持ち、にこやかな表情で立っている女。…そう、それらから前提を抜きにして今、俺が2人の印象を述べるのなら、悪の組織のボスとその秘書である。
そして、その悪の組織にゲストとして招かれたけれども、あまりの極悪っぷりにおどおどしているような印象の初老のスーツ姿の男が1人、テーブルの隅で疲れた顔をして席についている。
他には司令室っぽい部屋なのに誰も見当たらない…が、椅子の側に『SOUND ONLY』と書かれた黒いプラスティック製の四角い大きな柱みたいなのがあのサングラス男のほうを向いている。
そして、そのサングラスで表情の読みづらい、しかも社会人でありながらも初対面の俺に対して肘をテーブルについたまま会話をするという威圧的で失礼な態度のその男は俺のいる方向を向いて言ったのだ。
「よく来たな、シンジ」
俺はこの会議室のような司令室のような場所に、モノローグに読みあげられなかった登場人物がもう一人いるのではないかと思って部屋を見渡した。とくに、俺の背後のほうを見てみた…が、『シンジ』らしき人物がいるわけもなく、もしかして…俺にはみえない何か霊的なものがあるのではないかとさえ思ってしまった。
というのも、俺はケイスケと元にこの場所まで連れ去られてしまったわけで、結局のところここがどこなのかはわかっていない。
気がついたら髪が濡れていて(もちろん、シャワーを浴びて風呂に入っていたのだから仕方がないことだけれども)目の前にタオルが置かれてあったからそれを使って乾かしていただけだ。きっと目の前にバナナが置かれてあってもお腹が空いているから食べてしまっていただろう。それぐらいに動物園のゴリラレベルの行動理由しか今の俺にはない。
だから少なくともサングラス男が言うように『よく来たな』などと旧友だか息子だかに言うようなセリフを言われる筋合いはない。…ただ、もう一つ、霊的なものがこの部屋にいる以外にも思い浮かぶ原因がある。それはこのサングラスのオッサンのアタマがイカれている場合だ。
「いや、こう言えばいいかな…『エヴァンゲリオン初号機』」
あぁ、これはダメだ。
後者のパターンだ。
このオッサン、アタマがイカれている。
可哀想な人なんだよ。どこか大人の姿をしていても子供っぽさが『悪い意味で』残っている人がいるんだけれど、そういう部類と同じ香りが漂ってくる。こいつは中学生時代に中二病という不治の病にかかって、そこから抜け出すことが出来なくなったまるでダメな男なのだ。
「まだそんなアニメの設定で自分の人生を演じてるんですかぉ!!!だからクラスメートから『まだお』って呼ばれてるのが軍の中でも同じ様に言われるようになるんですぉォォ!!!」
ケイスケが吠える。
俺が頭のなかで浮かんだ『まるでダメな男=まだお』っていうキーワードが口に発する前にケイスケの口から放たれたということが、この男のダメっぷりが人類共通認識されてる事実をあぶり出していた。
…ん?
軍?
っていうと、ここは軍の中なのか?
山口県に一番近いっていうと福岡本部の南軍かな?
「昔の話を持ちだして精神攻撃をするのは、今、論理的に勝てないと判断しているからだぞ、ケイスケ」
「昔もまるでダメな男なら、今もまるでダメな男だから言っているんですにぃぃぃ!!!だいたい何ですかォ!!このプラスティック製のなんちゃってエヴァンゲリオンのおもちゃは!!こんなの、暇なニコ生主がウケ狙いでハマゾンで購入するぐらいしか客層がないような糞商品じゃないですかォァァ!!」
そう言ってケイスケが軽くプラスティック製おもちゃを叩くと安っぽい音を立ててカランカランと『SOUND ONLY』の箱が席の後ろに飛んでいった。慌てて秘書っぽい女性が拾いに向かって立て直す。
「やめてくれ、ケイスケ。それはただのプラスティック製なのに1980円もするんだ。壊れたら洒落にならない」
「それを買ってる時点でマダオの人生が洒落になってないですァ!!ただのプラスティック製の製品にSOUND ONLYって書いたらエヴァオタクに飛ぶように売れるんだから、バカがバカみたいに大量生産するのは目に見えていますォォ!!」
興奮するケイスケ。
話が進まないなぁ…。
俺は言う。
「えっと、つまり、マダオとケイスケは友達で、マダオが散財してバイトを雇って銃を持たせてあたしとケイスケを誘拐してエヴァンゲリオンゴッコをしてるっていうのが事の顛末?」
「それは違う…違うぞシンジ」
っていうかシンジって俺の事だったのかよ!!!
マダオの隣で秘書の女性が言う。
「ここは本当に日本国防軍、南軍中央司令室よ。そして司令官の光莉源道(ひかり・げんどう)。私が副司令の桂美郷(かつら・みさと)それから、彼が(スーツ姿の初老の男を指して)柏田重工の兵器開発部門室長の柳輝政さん…ちょっと強引な方法だったけれど、とても急ぐ案件が起きてるのよ。ケイスケさんが逃げまわるから…」
再びケイスケが吠える。
「軍とは関係ないですにゃん!!!なんで今さらボクチンを捕まえてアレやコレやと依頼しようとしてるんですかォォァァ!!!」
今さら?
っていうとやっぱりケイスケは軍の関係者だったのか。
それにしてもォ…。と俺は、プラスティック製のSOUND ONLYをグラビティコントロールで引っ張りあげた。
その光景は俺やケイスケの間では別に珍しくない普段のものなわけだが、見たことが無い人にとっては『テレキネシスという超能力をもってして手を触れずにモノを動かしている』ようにも見えるわけで、スーツ姿の重役も、副司令も、肘をテーブルについてふんぞり返っていた司令ですらも、驚いて声をあげるほどだった。
立て続けに俺は言う。
血税でこんなものを買って、軍の関係者がエヴァンゲリオンごっこねぇ…左翼が知ったら大変な事になるんじゃないの…」
「シンジ…いや、キミカ君。地味に心臓に来る言葉を吐くじゃないか…私だって遊びでやってるわけじゃない」
「いや、遊びでやってないなら更にヤバイよ…」
「普段はちゃんと仕事をしている…ただ、今日は特別なのだ」
「は?」
「キミカ君がここに来るということがわかっていたからな」
「あたしとどう関係があるの?」
「人造人間エヴァンゲリオン…それがついに我が司令部に…」
エヴァンゲリオンごっこは妄想の中だけでお願いします」
「『ドロイドバスター・キミカ』…それが街の平和を守ろうと活躍していることは県警のみならず、軍にも伝わっている」
それを補うように副司令の『桂美郷』が言う。
「取って食べようというわけじゃないし、解剖して中がどうなっているのか見ようってわけじゃないのよ。あなた達が活躍していることに感謝してるし、これからもお願いしたいぐらいなのよ。でも、キミカちゃんじゃないと出来ないことが起きて、それを伝えようと思っていたの」
そして俺とケイスケはようやく、司令部中央に表示されたホログラムの意味を知ることになった。
「昨夜2時、柏田重工の兵器研究所の研究者2名を乗せたヘリが何者かに襲撃され、うち1名が拉致されたの。これの件はまだ政府にもマスコミにも報じられてないけれど、事実よ」
現場の映像がホログラムで流れる。
墜落したと思われるヘリがバッテリーが切れるその前まで、証拠としてカメラ映像を撮っていたのだろう。武装した人間と戦闘用ドロイドの姿がカメラに映る…が、それらは体格からすると白人。ドロイドのタイプから察するとアメリカ人のような気がしなくもない。
マダオが言う。
「その『何者か』に司令を出したのが誰か、先ほどわかった」
ホログラム内のカメラ映像は、ドロイドの映像部分だけを切り取って3D表示し、設計図らしきものと比較する。
「現場の証拠と映像から、ドロイドはアメリカ軍から流出したものだと思われる。つまり、研究者を連れ去るよう指示したのは米軍。米軍に支持したのはアメリカ政府…ということになる」
そして副司令であるミサトが言う。
「連れ去られた研究者はケイスケさん、あなたの妹さんよ」