174 スーツケースの男 9

「どうしたのよ、落ち着きなさいな」
スカーレットが俺の肩を揺さぶって言う。
俺は今、一瞬、衝撃波を食らって頭が麻痺して音や映像が遮断された状態になっていて、しばらくしてから目の前の景色が色を取り戻して、音が戻り、自我という意識が再生されはじめた。
「お、おおお、お、お、おお、お…」
「は?」
「お、おおお、お、おおおお、お、お、落ち着いてるよ」
「全然落ち着いてないじゃないのよ?何があったの?」
「スティーブハ何処デスカァ?」
一気に核心的な部分をついてくるクソッタレども2名。
俺はさっきのようにヘラヘラ笑ってハッピーな気分になろうと思ったけれど心と身体は上手くリンクが取れず、引き攣った笑いになり、いわゆる『ゲス顔』でヘラヘラ笑っている俺が居た。
精一杯のジョークで、
スティーブ・ジョブズ?」
なんとかそう言うのが限界だった。
「スティーブ・エマンソンデス」
って、コイツ、まともに答えやがった…い、今のはジョークだよ、ジョーク…ったくアメ公はジャパニーズ・ジョークが理解できないなぁ。
「し、知らないなぁ…知らない」
「本当デスカ?」
「知らないよ、あたしは出会ってないよ」
「ソレハオカシイデスネー。スティーブガ『スターバックス・カフェ・香港・九龍店』デキミカト話ヲシテルトコロヲ見タンデスガ」
「」
こ、この野郎…全然護衛してないと思ってたのにスティーブの後をツケ(尾行)ていやがったのか!!!なんで普段は全然仕事してるフリしてないのに、そういうところだけちゃんと仕事してんだよ!サボっとけよ!!絶対に俺を陥れようとしてるだろうが!!
「普段仕事シテナイ癖ニ何デ今ダケ仕事シテルノーッテ感ジデスネ、フフフ、スティーブガ夜ノ街ニ繰リ出シテルカラ、何ヲシニ行ッタノカ突キ止メテ後デ脅ス材料ニシヨウト思ッテマシタ」
ってどんだけゲスいんだよ!!!
もう護衛でもなんでもねぇじゃねーか!!探偵だよ!奥さんの浮気調査をする探偵じゃねーか!!
「ったく、コーネリア、アンタがちゃんと護衛してないからこんなことになるんでしょうが」
そうだ。そうだよ!!
スカーレットのオバサンたまには良いこと言うじゃねーか!!
「それにしても、絶対に何か隠してる顔だわ。さっきから笑みが引き攣ってゲス顔になってるみたいだし、冷や汗がハンパなく出てるし。コーネリアの話よりもキミカが何か隠してるっていうほうが面白いわ」
おいいいいいいい!!!
普段のお返しをするかのようにスカーレットのクソババアは俺を攻め立ててきやがる。クソッタレが!!!
俺はますます冷や汗を垂れ流し、冷や汗でプールが出来るんじゃないかっていうぐらいにビッショビショにしていた。もうピンクのブラウスが冷や汗で濡れてブラがスケスケになってしまっている。
精一杯に俺は笑みを…ゲス顔を曝け出して、
「い、意味わかんないし、っていうか、あたしがスタバでドヤリングしてる時は神経を集中してるし、精神と時の部屋に入ってるし、そんな時に話し掛けられても自然に振る舞えるように適当に受け答えしてるし、そういうのが他の人から見たら話してるように見えたんじゃないの?っていうか、なんで途中まで尾行してたコーネリアが自分が尾行するの失敗したらあたしにスティーブの居場所を聞こうとするとか、わけわかんないし、そんなの自分で探せよっていう感じだし」
「アンタに関係ない事だったらそんなに滝のような汗を垂れ流さなくてもいいじゃないの。そういう反応をするって事は関係があるって事になるのよ。本当はスティーブにお願いされてどこかに言ってたら中国人のテロリストに襲撃されてスティーブは殺されて『ちょっwwwwヤッベェwwwww』とか言いながら逃げてきたんじゃないの?」
「き、記憶にございません」
「『記憶にございません』だなんて政治家が追い詰められて『私がやりました』って言ってるのと同じよ。こりゃ何かやってるわね」
「Hey!正直ニ話スノデーッス!」
「やってないっていってるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「じゃあなんでアンタ、スティーブのスーツケース持ってんのよ?」
「こ、これはァ…」
「キット死ニ際ニスティーブニ託サレタノデス。Americaニトッテ重要ナ情報ガソノ中ニ入ッテイルノデース!!ウゥ…スティーブハ犠牲ニナッタノダ…南無阿弥陀仏
…この様子だとコーネリアは俺とスティーブが一緒にスタバから出て行くところを見てないってことになる…のか??もしかして尾行といっても本当に別の事のついでに尾行もしてたという、軽い感じじゃないか?
よ…よし。
『賭け』にでるか。
「こ、これは、スタバでドヤってる時にスティーブに渡された…ような気がするよ。ドヤリングに全神経を集中させて回路を遮断してたから詳しくは覚えてないけど、その後に1人でどっかに行ったみたいだけれど、まぁコーネリアが護衛することになってたから気にも止めなかったよ」
と、俺はコーネリアを引き攣った笑顔(ゲス顔)でヘラヘラしながら見た。責任をスルーパスだ。
「He…He…Heeeeeeyyyyy!!!ナンデ私ノセイナンデスカァァァァァ!!!私ハ関係アリマセーン!!アノ時、スタバデキミカト話ヲシテタンダカラ、途中カラ護衛ハキミカガヤルノガ筋デスゥ!オイイイイイイイイィィィ!!!何デ目ヲ逸ラシテルノデスカーッ!」
コーネリアは今までに無いほどの慌てっぷりで俺の肩を掴んで上下左右に揺らしまくった。そんなコーネリアから俺は目を逸らし、ゲス顔のまま斜め下のほうをジッと睨んで耐えていた。
効いてるぞ、コイツ、『効いてる』ぞ…。
明らかに慌てている。
動揺が精神を揺さぶりスキを見い出す…そして、そのスキが逆転のチャンスでもあり、精神力を試されるモノサシなのだ。
俺には最初、スキがあって、心は激しく揺さぶられて死ぬ思いをしていた。が、俺は耐えた…ゲス顔になりながら、クラスの給食費を盗んだと疑われて先生からも『コイツ、最低な人間やな』と思ってそうな表情で睨まれながらも自我を保つ時のように、必死に攻めに耐えたのだ。
コーネリアはおそらく途中、俺とスティーブが話してるのを見てから…だ。その時、彼女は少なくとも自分よりかは真面目な(感じに見える)俺にスティーブの護衛が託されたような雰囲気になったので、自分は自分のやりたいことをやりに街に繰り出したのだろう。
やりたいことっていうのはお酒を飲むとかパーティで踊るとかレズ専用風俗に向かうとかそんな感じだ。
よし、シメにかかるぞ。
「あ、あたしは確かにドヤリングの最中にスティーブに何か話し掛けられてバッグ渡されたから、その後にスティーブが居なくなって、なんかバッグだけ側に置いてあるから『コレ、マジでヤバくね?』って思ってパニックになりながらホテルに戻ったんだけど、本来なら護衛の任務はコーネリアがやってるはずなんだから、いくら不真面目なコーネリアでも政府高官を1人で敵国の街の中に放り出すだなんて事はしないだろう、って思ってたけど、もしかしたらコーネリアの事だから本当にそんな事しちゃってるかもしれないって思ってて、仮にそうだとしたらコーネリアは思いっきりしかられるだろうけどスタバで話し掛けられたあたしも『護衛担当じゃないけれど』それはそれで責任があるし、大変な事になるぞぉって汗を大量に流してただけですが何か?」
「ンンノオォォォォオォォォゥゥゥ!!!」
効いてるぞ!!効いてる!!!
「ちょっと、コーネリア、尾行してたってどこまで尾行してたのよ?本当にスタバでキミカと護衛任務を交代しただなんて勝手に思い込んで1人で街に出て遊んでたわけじゃないでしょうね?」
コーネリアは俺以上のゲス顔になって、
「キ…キット、スティーブハ、1人デ街ニ出テ、遊ンデイルノデース…He…HeHeHe…ソウニ決マッテイマース…」
スカーレットこと蓮宝議員の前には、ゲス顔で笑いながら滝のような汗を垂れ流す護衛2名…俺とコーネリアが居た。そんな俺達に対して、彼女が言うセリフは決まっていた。
「アンタ等に護衛されるなんて、もう死んでくださいって言ってるようなものね…スティーブもアメリカにとっては不要な人材だったんじゃないのかしら…危険地帯に出向させるのはいらない人員だって話だし」