174 スーツケースの男 8

俺は頭のCPUをフル稼働させて、おそらくは使用率が100パーセントとなって全ての入出力を受け付けない状態で考えていた。
何を考えていたかと言えば、今日起きた出来事や、あの怪しげな研究施設のことだとか、ドロイドバスターについてだとか…そういうことではない。そんなことはどうでもいい。
確かに、これが何かの物語の一部なら語る上で重要なポイントでもあり分岐点でもあるだろう…が、俺の中の物語ではそれはどうでもいいことだった。確かにいずれは考えなければならないが、今、この瞬間、頭のCPUの占有率はそんな先の話ではなく、目と鼻の先の話題だ。
ティーブが死んだのだ。
俺は湿気と熱気に満ち溢れた香港の屋台の中を、重たいスーツケースを、どこで手に入れたか思い出せない滑車付きの荷車に乗せて転がしながら進んで、そして立ち止まって、どこの屋台で何のジュースを買ったのかも認識することが出来ぬまま、手に持っているジュースをゴクゴクと飲んでいた。周りから見れば異様な光景だ。
どこから着たのかわからないような美少女が服に似合わない重たそうなスーツケースをゴロゴロとチャイナ製荷車に乗せて歩いてきて、屋台で何かを買って、そのスーツケースの上に腰を降ろして、目は遠くあらぬ方向を見つめているのだから。
「やばい」
俺はブツブツとそんな事を言っていた。
ティーブとは別に仲が良かったわけでもないし、むしろアメ公だから大して関心は無かったし、本当にそこら辺に転がっている石レベルにどーでもいい人間だった。が、問題なのはアメリカの代表だということだ。これから3ヶ国会談が行われるというのに、そのうちの代表1名がフラフラと香港の街を護衛もつけずに歩いて、そしてブービートラップに引っかかって勝手に死んだ。護衛もつけずに?だとしたらいいのだが、残念ながら護衛は俺がしていたことになっている。
「やばい…やばい」
どーでもいいクソみたいな石ころが粉砕されたけれど、それがアメリカの代表だから国際問題…いや、戦争の引き金にすらなりかねない。それを狙っていた奴がいたら本当に棚からぼた餅、喰わねば男の恥状態だ。
俺はそのわけのわからないジュースをゴクゴクと飲むと、冷たさに頭がキーンと痛みだして自らのこめかみを指で押さえた。
そして考えた。
ティーブが死んでない事にするのは無理だ。
死んだか、もしくは行方不明…。
死体が見つかれば死んだ事になる。
これは俺が人知を超えたドロイドバスターの力を持っているからと言っても変えようの無い事実だ。だから、これが引き金となって戦争になるかもしれないし、ならないかもしれない。
ここで問題なのは戦争になるかならないかではなく、それに俺が一枚噛んでいるということだ。
俺はスティーブの護衛ではない…が、スティーブに頼まれて護衛をしていたのは事実だ。だが、スティーブに頼まれて護衛をしていた、ということは俺とスティーブしか知らない。そしてスティーブは既にこの世にはいない。つまり、この事実を知っているものは俺しかいない。
そう…そうだ。
『俺はスティーブを護衛していない』
そもそも護衛の任務はコーネリアだったはずだ。
だから俺がスティーブを護衛してて死なせた、というのも、突然他の人が聞いたのならその話の内容には不自然な点があるし、それを俺が説明しなければならない。…だから俺はスティーブを護衛していない。護衛していない、という事にできる。誰も否定しないだろう。
「フ、フヒヒ…」
俺はゲス顔になっていつのまにか笑っていた。
しかし、しかし、本当にそれでいいのか?
ん?それでいいのかって?いいに決まってんじゃん?
誰だ?!
お、俺の『善の心』…か?
『ほんまにそれでえぇんか?!』
善の心の俺が天使の姿をして現れて、疲れてゲス顔で笑っていた俺に背後から語りかける。まるで『何をやってもダメなダメ夫君にクラス委員長がしびれを切らして怒る』ように。
…っていうかなんで関西弁?
「え、いや、その、まぁ…」
引き攣った笑みで俺はその天使に返す。
すると地面の奥から悪魔の格好…(SMの女王様のような美少女キミカ)が現れて言う。
『えぇんちゃうか?』
『いや、ぜんぜんえくないで!!人が死んでんねんで?』
『人が死のうが生きようが、どーでもえぇんちゃうんか?』
『まぁ、それはそうだけど』
そうなのか?!
いや、そうだよな。
そうだよ!!
否定できないよ!
『問題はな、バレるかどうかやねん。そうやろ?…ま、結論から言うとな、バレない。バレません。バレない(笑)』
おい、笑うな。
でも…そ、そうかな?
バレないか?
『バーレーるて!!もしその研究所に警察が踏み込んだら、アメ公の死体が転がっててん。んで、色々調べたらキミカの体液とか愛液とかも溢れててそっからDNA分析したらなんでキミカがそこにいんねん?って話になってまうやろ?!』
『なんでそこら中に体液とか愛液転がってんねん』
『近未来の鑑定技術はほんま凄いからな、空気中に散らした水分子からもDNA鑑定できる!!!!』
『ほんまか?!』
『いや、いま適当に言うたけど』
適当に言うな!!!
俺は今、真剣なんだよ!!!!!
『あぁ、わりぃわりぃ』
『ほら、大丈夫とも言い切れないし、大丈夫じゃないとも言い切れないやろ?んなら、考えても無駄やから、ヘラヘラ笑いながらその「コロコロ(スーツケース)」を転がしてホテルまで戻ったらえぇねん』
「そ、そう?(ヘラヘラ)」
『そうそう、そんな感じでな、ヘラヘラ笑ってたらえぇねん。そうしたら人生いい方向に転がっていくねん』
「せ、せやな(ヘラヘラ)」
と、俺はヘラヘラ笑いながらホテルのロビーを歩いていた。
もういつの間にかホテルに到着していたようなのだ。
「Hey。キミカ!スティーブヲ知リマセンカァ?」
「(ヘラヘラ)」
「キミカガ持ッテル、ソノ不細工ナスーツケース、スティーブノジャ、アーリマセンカー?何デキミカガ持ッテルノーッ?」
「(ヘラヘラ)」
『何エヘラエヘラ笑ってんねん!!話しかけられとるで!!』『はよう応答せんか!!!バレてまうやろ!!!』
天使と悪魔のキミカが双方から俺を揺さぶって、俺は始めて正気に戻った。そして、俺はスティーブのスーツケースをまるで呪われたスーツケースかのように手元から突き放した。
ゴロゴロと音を立ててスーツケースをホテルのロビーを転がっていく。
「う、うわぁぁああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!!!」
と、俺は発狂したかのように叫んだ。
「HaHaHaHaHaHa!!面白イデーッス!!」
「うわぁぁああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!!!」
「ウワァァアアァァァァァァアアァァァ!!!!!Yeah!」
コーネリアが俺の真似をして発狂したフリをする。
「あんた達、何やってんのよ?」
そこに現れたスカーレットこと蓮宝議員を見て、再び俺は、
「うわぁぁああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!!!」
叫んでしまった。