174 スーツケースの男 4

香港…中国のみならずアジアの中でも有数の巨大都市。
人口はWikipediaによれば1700万人。札幌と同じぐらいのサイズのエリアに札幌の4倍の人口がひしめき合っているのは近代建築技術をビル群に取り入れて再編させたかららしい。
天空にすら届きそうな摩天楼の谷間は、昼間でも太陽の光は届かず、人工太陽によって照らして殺菌を行わなければ疫病が発生する。ひしめき合って外からは中身が明らかにならない様は九龍城砦(ガウロンセンジャーイ)を色濃く受け継いでいる。
度重なる地震にも耐えうるのはその土台を反重力コイルによるエネルギーで支えているからだ。地球に引き寄せられるエネルギーを使って発電しているのは世界では東京と香港を除いて他にはない。
東京に追いつけ、追い越せと発展した中国の玄関は、世界からは今も中国の南の玄関という扱いになっている…が、実際は中国南の『呉』の国の玄関であり、首都となっている。Wikiによれば、元々は上海(シャンハイ)が首都だったが魏との国境付近にある都市なので、大戦後に安全を理由に遷都したらしい。
まぁ外国人から見たら中国の首都はずっと北京なのだが…。
大戦後、呉と国交があるのはアジアの一部の国のみ。台湾はそのうちの1つで古くから台湾人が香港へ、香港人が台湾へと人はミックスジュースされている…しかも古い歴史を紐解けば香港は元々イギリスの植民地の1つだったようで、500年は経った今でも香港人は「自分達は中国人とは違う」などと言う人達もいて、台湾人が自分達を中国人と同じにされるのを嫌う点では共通しているようだ。日本からは台湾経由で呉への便が出てるが、日本と中国は大戦後、国交は断絶しているので、今回のように特別な理由がない限りはビザは発行されない。
2時間かそこらで香港へ辿り着いた政府要人ご一行様は民間人に紛れて移動する…重慶での厳重な警戒とは違って呉の場合は民衆に紛れたほうがテロリストからの目に晒される事がないらしい。
しかしそれにしても、本当にここはテレビで映されてる「中国」そのものだな…人が多い、とにかく多い。左翼系マスコミは中国について報じる時に香港などの都市から映像を集めて来て「北京の様子は…」などと言っている事が発覚したぐらいで、あまりテレビを見ない俺ですらこの人混みにデジャブを覚えている。あぁ、またかという感覚だ。
日本の小都市からやってきた俺は普段から少ないかまたはゼロに慣れているので、東京のレベルでも呼吸が荒くなり気分が悪くなり目がまわり、今すぐにでも家に帰りたい病…パニック症候群ににた病状が発生してしまうが、ここはそのレベルを10倍まで押し上げた状態なのだ。
それだけの人混みに比較すると三カ国会談にも関わらずこの護衛の人数だ。スカーレットこと蓮宝議員、そしてスカーレットの部下が2名、それから俺、コーネリア、名前は知らない、重たそうなスーツケースを抱えて作り笑い状態で顔を固めたままのアメリカ人が1名。前は政府専用機で出国して公安すらも動向してたのに、この扱いの差は凄いな。あからさまに「お前死んでこいよ」って言ってる感じだ。
というか…このスーツケースのアメ公も母国でそんな扱いされてここに来たというイメージが漂っているんだが…。
「タクシー!!」
空港で手続きを終えて外へ出てからはスカーレットが先頭に立ってスタスタと歩いていて護衛であるはずの俺達は、修学旅行で先生の後をついてまわる生徒のように後ろを歩いている。しかも一番最後はスーツケースを笑顔で引っ張っているアメ公の要人だ。もうコーネリアは護衛する気配すら漂わせていないな…これだとスナイパーが遠目に狙っていたとすると2人の役を履き違えてコーネリアが狙撃されそうだ。
「どうやら、迎えは来ないようだな」
ひたいに汗を浮かべて外人様が言う。
「迎えが来ると迎えが襲撃されるから、あくまで私達は旅行者のような振る舞いで移動するって手はずになってるわ」
やっぱりそうか。
「そうか…それにしても暑いな…私は暑いところは嫌いだ」
と、ニコニコしながら言うアメ要人。
元々はヨーロッパの北側、寒い地域で暮らしていた白人様が無理して南下したりアメリカ大陸で原住民を押しのけて永住したんだから、身体の作りが気候と合わないのは当然だな。本来過ごすべき場所とは正反対に来てるんだから俺達が思っているよりもココの空気は嫌だろう。
外人様はスーツケースを2台来たうちのタクシーの先頭のほうへ積んだ。で、自分は2台目のほうへスカーレットの部下と共に乗り込む。
…なんでスーツケースと一緒に乗らないんだ?
普通に考えると旅行する時に荷物から離れるなんてしないだろ。これ、そもそも何が入ってるんだ?まさかコンパクトで威力の強い爆弾でも入ってるんじゃないのか、コレ。
俺とコーネリアは1台めの後部座席、助手席にはスカーレットが乗った。そしてスカーレットは流暢な中国語で行き先を指示している。先導車となるわけだから中国語が話せる人が乗ったほうがいいわけか。
アメリカ側の要人はなんでスーツケースをあたし達の乗るタクシーに預けるのかな?」と俺はコーネリアに聞いてみた。
「大事ナ物デモ入ッテルンジャナイノデスカァ?」
「爆弾とか?」
「…Huh?空港デ手荷物検査サレタカラ、武器ヤ兵器ノ類デハナイト思イマス。トイウカ、爆弾ナラ私ガツクレマス」
あぁ、そういえばそうか。
そうだな…コーネリアが創り出せるものをわざわざ大事そうに持って歩く事はない。ってことは、やっぱり…ただの個人の物か?
スカーレットは助手席から振り返って言う。
「なんでアンタがこっちの車に乗ってんのよ」
コーネリアを見てから言うのだ。
「そういえばそうじゃん、コーネリアはあの外人様の護衛でしょ?」
「Oh!スッカリ忘レテマシタァ」
しかし既に車は走りだしていた。そして、そのままビルの谷間へと下降していく。そこで初めて俺達が降りた空港がある複数のビルの屋上に設けられたものだというのがわかる。
凄いな…ここは太陽の光がさしているところが屋上で、それ以外はビルの谷間のどこか、と思ってよさそうだ。
幾度と無くハイウェイの高架橋を登り降りして、ようやく今日のお宿に到着した。そこもまだビルの中間部。まだ下には地面が見えないぐらいに闇が続いており、上には上で道路が、高架橋が交差している。
タクシーを降りるとホテルの従業員が出迎えてくれた。
この国で初めて誰かが出迎えたわけだ。
家族旅行で最初の宿に入るときみたいに、一同はスタスタとホテル内へと歩いて行く…で俺は、俺だけは気づいたわけだ。タクシーの運ちゃんすら気づいてないが、さっき1台目に積んだ荷物、スーツケースを皆忘れてないか?あの外人様もヘラヘラ笑いながらスカーレットと談笑し、ホテルのロビーへと移動していくではないか。
「ったく…大切なものじゃないの?」
俺はタクシーの運ちゃんにトランクを開けるよう、ジェスチャーした。そして、開いたトランクの中に鎮座している重たそうなスーツケースをグラビティコントロールで持ち上げた。
…これ、思ったよりも随分重たいな。
スーツケースなのにスーツじゃないものが入っているのか?
「忘れ物だよ〜」
ロビーに入って俺は要人様に言う。
グラビティコントロールを効かせたまま、ボーリングのようにスーツケースを床に滑らせて外人様に向けてシュート。
「あぁ!ありがとう、すっかり忘れt」
と、外人様は俺のシュートしたスーツケースを行儀悪く足で止めようとして、その重量のエネルギーを思いっきり足に受けた。
「Ouch!!」
右足だけで受け止められず左足に直撃して床に転げる外人様。
「HaHaHaHaHaHaHaHaHa!!」
隣でコーネリアが大笑いする。
それからコーネリアは英語で何か要人様に話していた。ニュアンス的には「これには何が入ってるのか?」だろう。で、要人様はコーネリアがスーツケースを開けようとすうるのを、「HeyHeyHey!!」と止めて、英語で何か言っていた。言い訳的なモノを。
「何が入ってるって?」
聞いた俺に対してコーネリアは肩をすくめて、
「サァ?」
と答えた。
もう夕方になっている。
会談は明日、行われる。今夜は香港グルメを堪能してドヤリングスポットに向かう事にするか。