174 スーツケースの男 3

「いつもいつもいいように利用して!!」
俺は怒鳴った。
男の時なら「いつもいつも良いように利用しやがって」と言っていたところだが、ケイスケによる言語規制で俺はツンデレ美少女が顔を真っ赤にして主人公に怒鳴る時のように、本人は怒っているけれど周りに理解されない可愛らしいキャラとなって萌声を発していた。
「はぁ?今回は私が利用されてるのよ」
スカーレットはそう言うとようやく腰をテーブル席へとおろす。
幼女は言う。
重慶での総理と私の襲撃事件いらい、中国側は日本を刺激しないよう息を潜めておる。漁船に模した軍船の領海侵犯もこのところ数は激減しておる。外圧を利用して政権を乗っ取ったはいいものの、刺激し過ぎて日本やアメリカに寝首をちょん切られる可能性があるからの、じっと黙って『我々の』熱が冷めるのを待っておるのだろう…」
続けてジライヤ…東条が言う。
「しかし、それは結果的に許されなかった。彼らの頭の中では魏が蜀の政権を掌握していずれは統一国家になるそのスタート地点だと思っているのだろう、だが、国内の他勢力が反抗に転じた。まだスタート地点にすらいない。呉も今回の一件で警戒を強めて…スキを見て寝首をかこうとしているところでもある」
「そもそもそのギとかショクとかゴとかってなんなの?」
「HAHAHA」
俺はギャグを言ったつもりはないのだが、今の話で外人様が笑い始めた。おいアメ公、お前は太平洋の反対側にいるのに中国の内情が詳しいようだな…俺にしてみれば貧乏国家の内情に詳してくてもクラスメートには自慢できないんだぜ?つまり笑っていいところじゃないんだぜ?
「キミカ…貴様は歴史の成績はいくつだ?」
ジライヤが俺に問う。
そして俺は答えた。
「D…あたしは過去に縛られない人間だから…」
「HAHAHA…Yeah」
おい、だからアメ公、お前は意味が分かってないのに笑うんじゃねぇ…今のはギャグじゃないんだよ。とりあえず笑ってれば点数稼げると思うなよ、ここじゃ笑ってるより笑わせたほうが勝ちなんだよ。
ため息混じりに幼女が言う。
「前にも話したが中国は今、3国に分裂しておる…で、キミカは『三国志の時代に戻ってる』と感想を述べたが、三国志一部の時期と支配地域が酷似していることから、中国の北側を『魏』、西側を『蜀』、東側…南側を『呉』と呼んでいる。まぁ指導者どもは『中国』と呼んでいるがな、これはいつものこと、台湾でさえも自らの国を中国と呼んでいる。今までのストーリーをわかりやすく説明すると、重慶を襲撃したテロリストどもの中の人は魏の政府や軍関係者で、蜀の政権を掌握したと本人達は思っているが、蜀の内部で反抗勢力が活動し始めたことと、土台である魏の中でも同様に反抗勢力が現れて四面楚歌状態なのだ。日本に悪いことをしちゃったけど、今は忙しいから相手ができない、どうか見逃してくだせぇ〜と連中は泣きわめきながら国内を安定させようとしている」
「今の分かりやすい」
そこで今まで笑ってるだけだったアメ公の政府関係者野郎が初めてまともに話し始めた。
「液体のように流動的な状態が加工するのに適している…それは国の情勢も物質も同じだ。このままこちらが大人しく黙っていれば、魏は力さえあれば良いように状況を変えてしまう」
「つまり今だからこそ中国に戦争を仕掛ける事ができるってこと?」
「HAHAHA!!」
手を叩いて笑うアメ公。
その後手を上げて『お手上げ』の姿勢だ。
この野郎…。
「中国人が考えればそういう答えがでるだろうな。日本人やアメリカ人ならもう少し賢く考える…今のうちに魏、呉、蜀のどれかと仲良くなっておいて、仲良くなった国が『中国』を統一したら、結果的に中国は日本やアメリカと仲良くなるのだ。戦争をするには金がかかるし人も死ぬ、それに世界にはあまり受け入れられない…が、仲良くするのは受け入れられるしコスト安。みんな平和でハッピーということなのだ」
「そんな事を右翼の重鎮である安倍ちゃんが言うところが凄いな」
幼女はチラりとジライヤのほうを見た。
話をパスされたジライヤは言う。
「今のは大手マスコミ向けだ。本音を言うのなら『糞が飛び散らないように肥溜めに蓋をしたい』だ」
「その肥溜めの蓋と交渉に行け、と言われたのが、以前から中国『呉』とパイプが太い私よ」
と、続けざまにスカーレットが言う。非常に迷惑そうな顔で。
そして続けて、
「今のは『マスコミ向け』。私が築きあげてるパイプって金の繋がりだけなのよ。日本製の優れた兵器を彼らは必死こいて貯めた外貨で買ってくれるから売っているの。それで戦争をしていようが、他国に売って金にしようが私には関係ないわ」
今、思いっきり議員失格な発言をしなかったか?
この会議は録画されてるんだぞ?
ジライヤも幼女も悪魔の正体みたり、という顔をしてスカーレット…蓮宝議員を睨みつける。相変わらず外人野郎はHAHAHAと笑うだけ、コーネリアは薄い本を読んでいるだけだ。
(パチンッ)
スカーレットが指を鳴らした。
「今のは『あなた向け』」
…なん…だと…。
今、情報の改竄があったのか!!
「今、スカーレットが思いっきり本音をぶちまけたよ!!」
俺はすかさずaiPhoneで録音していた音声をジライヤと幼女に聞かせる…が、またか、という顔で、
「いい加減そのEDは飽きたぞキミカ。どんだけ私に幼女アニメを推薦したいのだ…幼女が幼女アニメなんぞ見るわけがないだろう。そういうものは大人の大きな子供が見るものなのだ」
「アンタも学ばないわねぇ…」
クッソガァァァァ!!!
「でもさぁ、スカーレットはなんで嫌々参加してるの?お得意の情報改竄で断っちゃえばいいんじゃないの?」
俺は問う。
「私も彼らの意見には賛同しているのよ。彼らは火の粉を避けるために策を練ってるけれど、結果的に経済はさらに活性化することになるわ。私の求めた理想にも近いから、その礎を築くという意見には賛成よ。だけど、いい意見だけどだからといって自分がその役を担うかどうかは別でしょう?それと、人を勝手にスカーレットと言うのはやめて頂戴」
「いや、だからさ、情報を捏造して他の人間が中国へ交渉しに行く役でもいいんじゃないの?」
「いないのよ、適した人間が」
「へぇ〜…随分と自信たっぷりなようで」
スカーレットはため息を吐いてから、言う。
「『ドロイドバスター』で日本の政府関係者の人間は私以外には居ないのよ。いればソイツを行かせるよう情報を捏造するわ」
(パチン)
再び指を鳴らして、
「今のは『カット』で」
能力使いまくりだ。
ジライヤも幼女も、この場にいる人間は俺と蓮宝議員以外は議員がスカーレットであることも、ドロイドバスターであることも知らない。…しかし、疑問は残る。ドロイドバスターじゃないとダメってのは何だ?その為の護衛として俺やコーネリアがいるんじゃないのか?
「だったらますます、あたしは用済みじゃん」
「そこの仏頂面も幼女も、アンタが私を守るという建前さえあればいいのよ。アンタは滅茶苦茶強いから生きている保証があるけれど、私が普通の人間だという前提で、生きている保証がなくても困らないのよ。いくら鈍感なアンタでも私が言っている意味、わかるでしょう?」
そ…そうか。
ジライヤはともかくとして、安倍幼女も幼い顔して随分と残酷な方法考えるじゃねぇか…なるほど、なるほどね。
つまり幼女とジライヤは蓮宝議員もアメ公の野郎も捨て駒だと思っているわけだ。蓮宝議員だって普通の人間だと思っている。で、俺とコーネリアはドロイドバスターだからまず普通の人間の殺られる事はない、が2人は死ぬ可能性がある。死んでも生きて帰っても、2人にとって…右翼にとって美味しい展開になるわけだ。
そんな捨て駒役に同じ右翼系議員を行かせるわけがないし、世間の評判だって悪いだろう。そもそも世間の評判が元から悪かった蓮宝議員を向かわせるのは筋が通ってる。
うわぁ…。
俺はコーネリアのほうを見た。
昨日の睡眠時間が3時間とかなのだろうか、大あくびをしている。それからアメ公の野郎を見た…俺にスマイルを送っている。あぁ、この笑顔、これから何時間か後には死に顔になってるわけだ。
コーネリアが守れるわけがない。失礼ながら俺はそうモノローグに語らせて貰おう…まず守るつもりがない。おおかた軍がまた面倒くさい任務を押し付けてきやがったとでも思っている。
つまり、俺と同じ心境だ。俺だからそれが理解できる。
中国でのあの思い出が頭の中をグルグルと廻る…あの状況で頑張ってなんとか2名守れたのは奇跡だったからな。それも不知火のサポートがあっての前提だし。
「そういえば今回は不知火のサポートは受けれるの?」
と、俺はジライヤに聞いた。
一瞬、ジライヤの仏頂面の額に血管が浮き出たような気がした。
「貴様、何故、それを私に聞くのだ」
隣で事情を知っているのか幼女がニヤニヤする。
「ボスに聞いたほうが早いと思って…」
「私はテロリストのボスなどではない。で、知っているテロリスト情報から親切に答えてやるが、不知火は蜀や魏で活動が確認されている。呉では接触することはないだろう…」
おやまぁ白々しい…。
…そして、スカーレットと俺、コーネリアと重たいスーツケースを手に持ったアメリカ人野郎4名は政府専用機で中国へ向かう。
台湾を経由して中国南の都市、香港へ辿り着いた。