173 ナニモノにもなれないワタシ 3

「聞こえてるんだろうがーッ!!」
誰かが叫んだ。
叫び要因として用意されてでもいるのだろうか。
岡野が慌ててフォローに回っている。
「佐村河内小保子さんは耳は聞こえていません。ただ、治療を行ってある程度は聞こえるようになっている」
「じゃあ、『聞こえてない』ってのは嘘なんですよね?」
「いえ、一時的に聞こえていなかったというのは本当です。治療をしてだいぶん良くなってきていた。入社当時は、」
「その佐村河内小保子さんは柏田重工の『障害者採用枠』で入社する為にそもそも健常者だったのに意図的に聞こえないようにした、というのは本当ですか?そのような情報が出回っておりますが」
「はい?」
「意図的に耳を傷つけて、声を出さないようにして、障害者であると偽って入社したというのは本当でしょうか?」
「まったくのデタラメです」
「あなたに聞いているんじゃない。僕は佐村河内小保子さんに聞いているんです。通訳!!手話を休めない!!なんで手話を止めて一服してるんですか?(会場爆笑)佐村河内小保子さんが耳が聞こえているから、いちいち手話をしなくてもいいと思ったんですか?」
他の新聞社の女性記者が言う。
「恥ずかしいと思わないんですか?健常者が障害者枠に入ろうとして耳を傷つけるなんて。それが事実なら将来のある有望な他の障害者の未来を一人分奪った事になるんですよね?」
再び岡野がフォローに入る。
というより、反撃だった。
名誉毀損で訴えますよ?」
「訴えるような名誉がどこにあるんだ?!」
(会場爆笑)
またどっかの叫び担当員が叫んだのだ。
名誉毀損で訴えると仰りましたが、どういう名誉毀損でしょうか?」
「それは裁判の時に、」
「今、国民に記者会見の映像が流れています。どういう名誉毀損で訴えるというおつもりなんですか。日本は海外とは違って裁判官は国民が努めます。ここで話していたほうがちゃんと裁判官の理解を予め得られるからコストが削減できていいと思いますが」
「佐村河内小保子君は障害者だ。入社当時は確かに耳は聞こえませんでした。それ以前にどういう状態だったのかは私にはわかりません。しかし、必死の治療をもってして今はだいぶん聞こえるようになった。そうやって障害を克服しようとしている人に対して『障害者ではない』とあなた方はおっしゃるんですか?それは障害者全員に対する名誉毀損だ」
「意図的に耳を聞こえないようにした、という件について、否定されないわけですよね?あなたは上司であるからあなたに聞いているわけではありません。佐村河内さん早く答えてください。もう通訳は済んでいるでしょう?手話がわからないのですか?」
「本件は今回の発表とは無関係だ。話を進めさせていただく」
グダグダだった。
マスコミが反論している間はみんな神経を集中させて聞いていたが、いざSTAPの説明になるとマスコミはおしゃべりを始めた。
「静かに!!お静かに!!!」
「このSTAPという運動制御機構も、他の研究員の発明を奪ったものだとネットでは噂されておりますが」
「あくまで噂です。噂の域を出ない話です」
「本当にそうなんですか?」
「と、言われますと?」
「柏田重工には様々な研究チームがあり、コストの面から互いのチームが同じものを造るという事はしないと窺っております。が、あなた方が開発したのはドロイドの運動制御を行うアクティビティ・コントローラーの部分です。それは他の部署が開発していてiPSと呼ばれていた…と言う話があるのですが、それについては?」
「それが実在するのか、しないのかは知りませんが、社内の情報ですので非公開です。ですから、それも噂の域をでない話です」
「我々マスコミは、企業が不正を行っていれば今までそれらを叩いてきました。ですから、この記者会見にしてもいくら国内最大の兵器メーカーである柏田重工であっても、不正を行っていたのであれば白黒をつけるべきだと考えております。そこで、佐村河内小保子さん。あなたのことを調べさせて頂きました」
突然目を見開く佐村河内。
今の言葉の通訳は終わってない、っていうより、通訳は色々と諦めたのかさっきから手話はまったくしていなかった。
「黙ってないで話したらどうだ!!」「聞こえてるんだろォ?!」「自分に不都合な事があるとすぐに黙る『女』がいますよね?」「耳が聞こえない人間がドロイドを開発したから凄いでしょうってことか?そんなんで国を守れるのか!!いい加減にしろ!!!」
「お静かに!!」
そう言ったのはさっき質問しようとしていたマスコミの男だ。
柏田重工の岡野が言っても聞かなかったのに、その男が言うと一斉にマスコミは黙った。あまりの不自然さにマスコミ自身がプッ、クスクスと笑いはじめるぐらいに不自然だ。
「佐村河内小保子さん、あなたは大学でも大した成績を残す事はなかった。専門として学んでいたのは経済学…営業にでもつこうとしていたのですか?どうも今されているドロイド開発とは程遠い…。大学時代にはサークルで活動…本当になんら特徴のないサークルですよね。『スーパーフリー』ですか。あの集団婦女暴行で捕まったサークルではないですか?ただ酒を飲んで騒いで『社交性を高める』という目的だったらしいですが、社交性は高まりましたか?手話でも字を書いてでもなんでもいい。自分は社交性が高くなったことを証明してはどうですか?そうやって俯いて黙ってないで。で、大学を卒業してから空白期間がありますよね?」
見れば佐村河内小保子は泣いていた。
余程に自分の過去について触れられるのが嫌なようだ。
「この空白期間…何をされていたんですか?大学では経済学を学んで、それを活かした職についたのではないのですか?一体何を学んだんですか?一体、何があなたは他人よりも優れているんですか?耳が聞こえないことでしょうか?それとも、コミュニケーション能力でしょうか?私には俯いて肩をひくひくさせながら泣いているあなたにコミュニケーション能力がわずかにでも存在しているようには思えません。(マスコミ一同を振り向いてから)思えますか?皆さん」
マスコミ一同は首を横に振る。
警察一同は話をつまんなさそうに聞いている。
ナツコは冷淡な眼差しでその光景を見ていた。
「あなたを調べた探偵が、あなたの行動記録を残していました。あなたは様々な会社の面接を受けていた。ポセイドン・インダストリー、ラ・ヴィール、メッサーシュミット、Mapple、Coogle、大日本製鉄、チョニーの面接にもあなたの顔がありますねぇ…。そして柏田重工。ここには名だたる企業名がありますが、それ意外にも大中小様々な企業への面接をしている。その面接を受けるたびに都度都度、その会社に関連する書物を集めて読んで、面接を受かるような努力をした」
そうだ。
俺がアイツの研究室の本棚詰まれた資料…本。それらは全部、面接を受かるために集めた本だった。決して自分の知識の為にじゃない、経験の為じゃない。まして、楽しいから読んでいたわけでもない。
面接のためだ。
柏田重工で働いている自分を夢見て、働こうとしている自分を自画自賛して、全てを偽っていた。
「あなたは周囲の人間が次から次へと就職していくなかで焦っていた。自分には何もとりえがない、自分は何もできない。そんな事はない、そんなわけがない。大学で過ごした日々は無駄では無かったんだと自分に言い聞かせながら…無駄だったようですね。全部が全部。あなたはただ、遊んで過ごしていただけです。なんら努力をせずに、直前になって試験を暗記したら合格していたから面接もそのようだと思っていたんでしょうか?しかし、そんな浅はかで付け焼き刃な考えは殆どの会社の面接官によって見破られた。よかったと思いますよ、僕はそれで。あなたのような人間をやとっていて『今回のような事態』になるのなら…それに直前に気づいた面接官はラッキーだと思います」
ん〜…そこまで言うかっていうぐらいに叩きまくるな。
さすがは左翼系マスコミ。叩く時は半端ない。
「しかし、そんなあなたにも好機が訪れた。柏田重工はあなたを雇ってくれたんです。よかったですねぇ…そして、あなたは柏田重工の『障害者枠』で面接に受かった。あれ?あれれぇ?(会場からはクスクスという笑い声)…何かおかしいですよね?どうして突然、『障害者枠』なのでしょうか?あなたはトータル108社の大中小様々な会社の面接を受けていながらも、どうして柏田重工だけ障害者枠なのでしょうか?」
まるで弁護士のようにその記者は立ち上がってから佐村河内小保子の前に行く。そして怒りを露わにして言う。
「答えられませんか。答えられないでしょうね。なら、私が代わりにお応えしますよ。あなたは全ての面接をスベったからだ。あなたは何の才能もなかった。磨けば才能が現れると、相手に思わせる事すら出来なかった。だから耳を怪我して…耳の中に硝酸を薄めた液体を流してから自ら鼓膜を壊してから耳を聞こえないように、口を開かないようにして、障害者免許を取得して、柏田重工の障害者枠の面接を受けた」
ついに佐村河内は嗚咽を交えて鳴き始めた。
ポロポロと頬を、腕を伝わる涙。
「もう一度言いましょう。あなたは『何者にもなれない』」
さっきまで泣いていた佐村河内だったが、ゆらゆらとゆっくり立ち上がった。そしてマスコミや警察や俺達…そしてナツコを睨んだ。
ナツコは立ち上がった。
睨み返した。
そして言う。
「カメラのフラッシュが眩しいかしら?罪を犯した人間は外を歩く時、お天道様が眩しくて歩けなかったそうよ。でも、あなたのように自分がやったことになんら罪を感じない人間は、最後はカメラのフラッシュの眩しさを感じながら自分の罪を認識するのですわ。人の技術をパクって得られた名声は嬉しいかしら?」
「いしみ…石見…石見夏子ォォォォ!!!」
「もう、あなたはお終いよ」
佐村河内はただならぬ形相だった。怒りが、妬みが、全ての自分の罪と不安をかき消すような、そんな形相。
嫌な予感がする…。
嫌な予感がするぞ。
佐村河内小保子の背後はポッカリと円形の穴があいていて、段下から押し上がってくる何かがあるのだ。
それが発表会の1シーンならなんら違和感がない。が、今、佐村河内小保子は鬼の形相でナツコを睨んで何かのリモコンを制御した。
そんな状況でドロイドが登場したのだ。2脚歩行…チェーンガンのようなものを持っているゴリラのような身体。これはナツコがデモンストレーションで開発していたドロイド『XDarcs』
「大丈夫です。こ、これはデモンストレーション用で、銃弾は装填されておりません。小保子君、リモコンを収めたまえ」
そう岡野が言ったその時だった。
XDarcsのチェーンガンが火を拭いた。