170 にぃぁ放送局 9

ドロイド工学の授業の際に『工作室』という場所を使う場合がある。机上で出来ない事を行うためだ。
大抵の人間は高校になってからドロイド工学を学ぶときに頭のなかには大戦中の記録映像の中にあるような人間と同じかそれ以上の大きさのドロイドを頭の記憶領域から引っ張りだすけれども、いざ引っ張りだした後に、工作室にある手のひらサイズのクモ型ドロイドを見てげんなりする。力強いイメージから引き離されるからだ。
学校でそんな戦闘タイプのドロイドを展示するわけがない。
っていうのは俺がドロイドバスターとなって南軍基地内のカーゴで様々なタイプの整備中ドロイドを見るときに思う事だ。あれを万が一学校に置いてしまえば生徒が間違って電源をオンして、万が一にも戦闘が始まったと誤解すると学校が戦場になる。
コンピュータのプログラムは入り口があり、そこから様々な処理と条件分岐が行われるという、確固たるルールに沿って動いている。しかし、一方でドロイドの頭脳を構成しているのはプログラムではなくAI。
プログラムとAIの違いは明確だ。
あらかじめ処理と条件分岐がそこにあり、それに沿って動くのがプログラム。処理と条件分岐を自分で学ぶのがAIだ。
作戦の都度、または戦闘の状況の都度、プログラムを変えるわけにはいかない。AIにより思考に柔軟性を持たせることで、結果的に兵士の危険な任務を肩代わりしてくれている。
身近な例で如実に感じとれるAIの凄さは、例えば、サービス業に従事するアンドロイド。その柔軟性はヒトを殆どのサービス業から駆逐してしまうほどだ。突然の状況の変化には上司である人間へ連絡することで対応してしまう。店に暴れる客がいる程度では警察を呼ぶので例外処理でもない。つまり、殆どのケースは上司の助けなしに業務をこなしてしまう。
これだけ凄いAIの魅力については実は授業ではあまり習わなかったりして、まぁ、凄いんですよ的な例をいくつか紹介する程度で…AIを構成するニューラルネットワーク理論は素人にも、俺のようなドヤリストが少しプログラミングを齧って始めていてもなかなか理解できないし…。
それに、プログラミング言語がコンピュータを制御するものなら、AIは『教える』ことで学んでしまうわけで、ニューラルネットワークの『ニュ』の字すら知らなくても素人様が一人前にAIのプログラミングをやっちゃったかのような結果を出せてしまう。つまりAIというのはOS(オペレーティング・システム)のようなもので、既に頭のいい誰かが用意してくれてて、殆どの人はその用意されているものを利用するだけ。
その中身について無理に理解したところで実用的ではない…っていうのが俺のAIに対する印象だ。
AIの基板になるのはある程度の経験を持っているもの、例えば戦闘経験やら、接客経験などなど。最低限、日本人としての知識程度はある。そこからさらに特殊な訓練を受けさせて熟練させて、一斉に複製する。
シドが言うとおり、俺が解析した結果がAIのソレだとすると、基板は何になるのだろうか…兵士か?それとも接客業のAI?
色々と頭の中に思いを巡らせながら、俺とシドはその『工作室』の裏側にある倉庫のような場所に入っていった。
「ここがアトリエ?」
「そうだ。どうよ?俺の作品達は」
倉庫の電源モジュールを弄って明かりを灯すシド。見えてくるのは俺が南軍のカーゴで見たことがあるような…でもちょっと違和感のあるドロイド達だ。なんか、甲羅の部分がない。
こういうのはケイスケの部屋でも見たことがある。
Mappleのパソコンを使っている俺からすれば、パソコン、デジモンなどの外側となるアルミやらプラスティックやらの部分を外すことはセンスのないことなわけで、ドザを連想させるのだけれど、まさにドザちっくな内臓丸見えのドロイドが並んでいた。
「これ、アーマーの部分はつけないの?」
「アーマー?そういうのは出荷するときにつけるもんなんだよ。見た目に拘るなって…これだから女は」
…。
俺は男なんですけど、見た目に拘ってすいませんね。
「でも、内臓丸見えのところに埃が積もって、熱暴走を避けるためにケースを外したパソコンを放置したみたいになってますよ。それ、素人が物を壊す一歩手前じゃないですか」
「いいんだよ!掃除機で吸うんだから!それにな、こうやって常に解放してたら必要なときに弄れるだろ?」
そりゃそうだけどさ…っていうか、ケイスケも同じような事を言ってたな。あと「ケースなんて飾りです!偉い人にはそれがわからんのです!」とかも言ってたっけ。
「アーマーなんて飾りだ!飾り!」
偉い人にはそれがわからんのですか?」
「…」
「それで、この並んでるドロイドの一つにあたしが持ってきたAIのモジュールをインストールするの?」
「いや、ここにあるドロイドはAI積めるような部品はないんだよ。言ったろ?俺はまだ勉強中で、こいつらは頭の部分はスッカラカンだ」
そう言ってシドは木箱を棚から引っ張りだすと、子供がオモチャ箱の中からオモチャを探すようにガラガラガラと音を立てた。しばらくそうしていると中から細長い緑色の棒のようなものを取り出す。
「それがAIをインストールする記憶媒体?」
「あぁ。これ、高いんだぜ?」
「その高いのがオモチャ箱の中に無造作に…」
「まぁ、それはよしとしてだな!」
テーブルの上に転がっていた部品の一分など、俺にはゴミにしか見えない沢山のそれを集めてオモチャ箱へと放り込んだシドは、埃を被らないようにしていたのか布で覆っていたパソコンをお披露目…こいつ、Map Proを持っていやがる…やるな。でも学校のお金で買ったんだろうな。
「インストールするぜぇ!」
カチャカチャをキーボードを触るシド。
クラウドバイスのサイトがサファリパークに表示されて、IDとパスワードの入力を促す…で、シドはそこで俺に交代し、ID・パスワードを入力。aiPadでも表示していたネットワーク上のうンTBのデータが見える。これがにぃぁの声から抽出したデータだ。
何かの機械に小指ほどの大きさの緑色のキラキラ光る記憶媒体を指して、Map Proと接続。再びシドと俺は交代し、シドはいくらかMap Proを操作してからいよいよAIへのデータ転送が始まる。
「本当にいいんだな?」
「ここでなんで再確認?」
「お前、ネットで落としてきたプログラムのウイルスチェックしないで実行するタイプだろ?」
「あたしはネットの訳の分かんないサイトからはプログラムは落としたことはないよ。落とすのはデータだけだね」
「あの訳のわかんねぇ『にゃんにゃん』言ってる女の声から変換掛けて作ったプログラムなんだろ?何が起きるのか怖くないのか?」
俺は緑色の記憶媒体を指さしてから、
「何が起きたって、それ、まだ記憶媒体でしょ。データディスクみたいなものでしょ?」
「いや、インストールした後に自動的にAIが起動される。ちょうど夢から目が覚めるみたいにな。視野やら聴覚やらデバイスに接続してないからおそらくは真っ暗な状態だけれど、意識はある…はず」
「インストールした後にデバイスに接続するの?」
「今はロックを掛けた状態だ。そのままネットに接続させるぐらいか…。どのタイプのAIなのかとか色々調べないといけない。で、いいものを俺が作っているわけさ」
「え?」
オモチャ箱から取り出したのは腕時計…のような黒い腕輪。Coogleがこんな感じのデバイスを出していたような気がするけれども、電脳化が進んでいる現代では腕時計っていうのは流行らないからか、あまりウケなかったっけ。それに似てる…っていうか、それそのものだ。
「ハマゾンで買ったの?」
「ハマゾンで買ったのを俺が改造した。これにAIのMPUユニットを入れて、ネットに接続しておく。会話とかはこうやって…」
腕時計のようにシドはそれを腕にハメて、スイッチを入れると緑色の文字がホログラムとして表示される。
「へぇ〜…これ、高かったんじゃないの?ホログラム機能付きじゃん?ホログラムのほうが時計より高いんじゃないの?」
「高いぜ…レンタル料が欲しいぐらいだ。まぁ、AIとの意思疎通はこれでやるって感じで。視聴覚デバイスとかは後で考えよう」
そうこう話しているうちにデータ転送は終わったようだ。
シドの話だとこの時点で既にAIは起動されている。
緑色の棒…MPUユニットを機械から取り外すと時計の中へと押し込んだ。いくらか操作をしているシド。
「どう?話せそう?」
「ん〜…失敗したか?」
「データ転送失敗?」
「わかんねぇ。AIだからデータが欠落してても動くんだが」
反応がない…。
「まぁ、取り敢えず気長に見とけよ。これ、お前に貸してやるから。語りかけたりしたらそのうちに返答があるかもしれない」
俺は無反応のその腕時計を受け取って、しぶしぶ手にはめた。これは収穫といっていいのだろうか、それとも、騙されたと言っていいのだろうか。わけがわからないまま、腕時計を持って俺は帰路についた。