164 ジャーナリズム 4

…。
意識を失ってたのか?
まだ俺は生きてる…みたいだ。
「…ミカ!」
「キミカ!!」
タエが制御するアンドロイドの叫び声が聞こえる。
気がつけば俺は橋桁の下へと落下していた。
それを見下ろしながら叫んでいる。
ゆっくりとだが意識が回復してきていた。その都度、タエが制御するアンドロイドの位置は橋下へと移動していく。どうやら俺を助けようとしているようだ。
「ぁぁ…クッソ…こっぴどくやられた…」
俺の身体は川に半分だけ浸かっていて、腕からは血が川に流れていた。まだ傷口はふさがっているわけがない、そこを水につけるのは致命傷だと風呂場で自殺した奴が言っていたような気がする…とにかく、俺は身体を起こそうとした。
俺が身体を起こそうとしたその時だった。
俺の視界に入っていたアンドロイドの男の背中に、黒い棒のようなものが突き立てられたのだ。そう、それが孫悟空の放った如意棒だということはものの1秒経たないうちに分かった。
忍者のように、音を立てずに着地した猿野郎は、無表情で俺の顔を覗きこんだ。
俺もアンドロイドのように如意棒を突き立てられて殺されるのか?
だが、そう簡単には俺は…死なないぜ?
すると、みるみるうちにその孫悟空の猿顔の部分が変化して一度は血の塊になったり肉の塊になったりを繰り返しながら人間の…どこの誰かわからない、オッサンの顔になった。
その顔だけがオッサンの猿は中国語で何かを怒鳴るように言う。
何を言っているのかわからない。
俺にわかるのは、それが所謂、俺に与えられたチャンスだって言う事だ。
次から次へと猿どもが俺の周囲に飛んで集まってくる。
サル山にでも来たかのような感覚になる。
だがあえて、モノローグで語らせてもらうよ。
口に出して言うのは非常に疲れるんでね…。
このアホ猿が。
俺を殺すときは『殺す前に話しかける』のを止めるんだったな。
そういうヒーローのような、いや、悪役のような、殺す前の僅かなスキっていうのはリアルには存在しないし、俺はそのような時間を与えないんだよ。
「口寄せの術…」
川の中に青白く輝く、ムカデが渦巻いている。
俺が今しがた召喚したフチコマだ。
猿はそこで初めて俺が何をしたのか理解したようだ。
何か中国語で一言言ったのがわかる。
俺には中国語はわからないが、この雰囲気と、その人間の顔を持った猿と、その表情の変化、そしてタイミングから猿が何を言おうとしたのか分かった。
「やめろ」
そう言った。
確かに、そういうニュアンスで中国語を放った。
「いや、やめないね」
俺はニヤリと笑ってドロイドバスターへと変身した。
川の流れの中にある岩の上には黒い煙が巻き起こり、同時に水の中から巨大なムカデ…フチコマが姿を表した。そのムカデの足の部分に捕まって俺は空の上へ、上へと上昇する。
「薙ぎ払え!!」
「ぶぅぅぅぅるぅぅぅぅあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!!」
フチコマの雄叫びと共に口元からビーム砲が周囲を焼きつくす。
一瞬で孫悟空どもの身体が炎に包まれ、慌てて川の中に飛び込みまくる。しかし奴らが生きながらえようとするその川の水も凄まじい水蒸気を吹き上げながら蒸発していく。
川なのに一瞬だけだが俺達がいる場所だけが蒸発して川底が露出する。
そのままフチコマによって上昇した俺は道路に着地して、すぐにドロイドバスターの変身を解除。フチコマをキミカ部屋へと転送した。
よろよろとする俺の身体をアンドロイドの女が抱きかかえた。
タエが制御するアンドロイドだ。
それからしばらく…どれぐらいだろうか。5分かそこらアンドロイドに抱えられたまま走り続けてトラックが到着したであろうビルの元へとやってきた。
橋の対岸にはヘリの音が響いているだけで地上部隊…便衣兵やらデモ隊へまだ到着していない。さっき俺がジガバチ野郎も切り刻んで片付けたので連中は人頼りのヘリでしか付近を捜索できないでいる。それが運が良かったのだろうか、あの集中砲火されていたのが嘘じゃないかっていうぐらいに無事にビルに辿り着いた。
この様子だと屋上にいるアサルトシップの乗り組み員も無事だと思われる。
「ったく、クソみたいな目にあったよ」
アンドロイドはそう言った。
「みんなは、無事?」
「あぁ。修理も終わってる」
「そうか…よかった」
…。
そこで俺は再び意識を失った。
らしい。
俺は気づいたらアサルトシップの船内にいた。
激しく攻撃を受けたのだろう、船内はところどころにものが散らかって船体も凹んでいる箇所がある。もしかして…あれから離陸した時にも攻撃を受けたのだろうか?
俺の腕には包帯がちゃんと撒かれていた。
隣にはスースーと寝息を立てている安倍議員がいる。
エルナも疲れているのか寝息を立てているが…頬には涙の後があった。助かったこともそうだけれど、ファリンが死んだことがショックだったんだろう。
俺は起き上がってからコックピットのほうへと歩いて行く。
運転しているのは日本軍の兵、そして補助席に座っているのはタエだ。
PSPで何かを見ている。
「意識が戻ったのか?大変な事になってるぜ、マジで」
「もう十分大変な事になってたよ、さっきまで」
俺がそう言って開いている席に腰を下ろそうとすると、柔らかい感触が背中に当たった。
「こら、何をするのじゃ、ワシが座っておる」
…エルナの祖母かよ。
しぶしぶ俺は別の開いている席へと座った。
雲の上を飛んでいるようだ。aiPhoneで場所を確認するともうインドは過ぎて台湾近辺だ。このまま行けば10分ぐらいで日本のどこかの空港へ着陸できそうだ。
「大変なことって、何が?」
「マスコミもネットも蜂の巣にクソでも投げ込んだみたいな大騒ぎだぜ、つか、マジで」
と興奮気味で言うタエ。
「えっと…もしかして、開戦ムードってこと?」
「そうそう」
俺は力なく再びaiPhoneを取り出すと、2chニュー速板を開く。
普段から対中国・朝鮮のこととなるとネトウヨが大騒ぎしているのだ。今回の件はそれを超えるほどの騒ぎになるんだろう…だけれど、もう議員は戻ってきたじゃないか。
掲示板には「日中戦争勃発 152」とかいうスレッドタイトルがある。
152っていうぐらいだからとスライドして見てみるともうその名前で既に152個目のスレッドがあった。しかも他にも「第6次世界大戦勃発 123」とかもあったぐらいだから、そこでスライドするのを俺は諦めた。
訝しげな表情をしてそのスレッドの1つを開いたが、そこには安倍議員が無事…とは言えないにしても日本に戻ってくる予定なのにもかかわらず、開戦派が多くを占めていた。
もう中国と仲良くしましょうなんて書き込めば住所を特定された挙句に家族・友達・知り合いにいたるまで全員村八分どころか国八分になる勢いだ。
「議員は帰ってくるのに、なんで開戦派がいるの?」
「もう関係ないんだってさ」
PSPを上下に振りながらタエが言う。
サヨク系ニュースサイトは完全に沈黙。
ウヨク系ではないにしても、例えばアメリカのニュースサイトにしても、今回日本の要人が中国で一時的に遭難した件や、中国の反政府軍がクーデターを起こしたという件が世界的に報じられて厳しくバッシングされる状況になっていた。
衛星から捉えたのだろうか、重慶市内の様子を収めた映像がニュースサイトで報じられており、大量殺戮兵器が使用されたとコメントが添えられていた。
「それより国民投票を見てみなよ」
「え?」
「ウチ等の努力が皆無になるような事になってるからさ…」
国民投票サイトには中国と開戦するかどうかについて、二択となっている。
『開戦を行う』という選択肢が過半数を超えていた。