163 三十六計逃げるに如かず 7

「おばあちゃん!」
俺が連れてきたエルナの祖母に歓喜の顔をするエルナ。
「みな、無事じゃったか」
そう言った祖母(幼女)にエルナが抱きつき軽々と抱きかかえる。
「死んだかと思ってましたァァァァ!!」
そう言って泣き崩れる。
「運良く安全なところにいたお陰じゃ」
そう言って幼女その2ことエルナの祖母は歳相応ではない幼女が年上の女の頭を撫でてあげるというシーンを俺達に見せてくれた。
場所は例の雑居ビルの1階…いや、地下1階。この上のフロアではタエが転送したドロイドと処刑人と同じタイプのアンドロイド部隊が戦っている。今も時折爆風や銃声、そしてそれらの振動が分厚いコンクリートを伝わって地下の俺達のいる場所にまで響いている。
どういうわけか孫悟空は現れてはいないものの、もし突入されることになれば俺が相手をすることにはなっている。つまり、今は一時の休憩で体勢を立て直す時間だ。
「とりあえず今の状況は…」
くまのぬいぐるみが中華製のaiPadのようなものをテーブルに置いてそれを操作する。すると安っぽいモノクロームなホログラムが表示されて、このビルや近隣の様子をリアルタイムで表示している。どういう仕組で上空から監視できているのかは知らないけれども。
「日本軍の救援用小型アサルトシップが、撃墜された」
「…ってェェェエェェェェェ?!」
「僕も正直驚いているよ」
「作戦失敗じゃんか!」
「作戦は失敗でも僕達の責任ではないから、後で責められる事はないかな」
そういう問題じゃないって!
「思っている以上に空の守りは固かったということなのだ…」
幼女その1が言う。
ホログラムにはアサルトシップが墜落したと思われる地点の上空映像が表示されている。しかし工場の煙突のように、煙がでているのはビルの上からだ。
「この屋上に墜落したってこと?」
俺がそう聞くと、くまのぬいぐるみの小鳥遊は言う。
「そう。見ての通り、ランデブーポイントにはうまく到着はしているよ。ただし、スタビライザーをやられてるからただの置き物になっているけどね」
「乗組員は無事なのかのぅ?」
幼女その2が小鳥遊に聞く。
「今のところは…スタビライザーを入れ替える作業と、この場を守る作業に追われているらしい。とにかく、僕達がこのビルの最上階へ辿り着くまでの時間が遅れれば遅れるほど、僕達、及び彼らの生存確率が下がる状況だよ」
「辿り着ければ日本に帰れるんだよね?」
俺が聞き返す。
「まっすぐに日本に向かえばまた追撃される。インド側を遠回りして帰ることになるよ」
「まぁ、仕方ないか…」
「それに加えて、日本海側は空の警戒がどんどん上がっているんだよ。どうもアメリカ海軍が日本海へ部隊を展開しているらしくて反政府軍もその対応に追われている」
アメリカ海軍が?
日本よりも先に日本海に部隊を展開してるのか。
幼女その1こと安倍議員が言う。
メリケンどもめ、さっそく金の臭いを嗅ぎつけてのだ。連中は国の情勢が不安定になると軍を寄越して正義面をして掻き回す。特に同盟国である日本の近隣…部隊の展開も早いのだ」
「日本じゃまだ戦争を仕掛ける話は議論の最中なのに?」
「議論よりも行動を先にしてしまえば、議論する余地は無くなる」
「なるほど…結婚が先か妊娠が先かというのだね」
「…よくわからんけど、そ、そんな感じなのだ」
などと顔を赤らめて言う議員。
米軍の刺激は傍からみると日本にとって都合が悪いようにも思える。勝手にコマを戦争へと進めようとしているからだ。ただ、今の状況は俺達にとっては少しだけだが勝機を得ている。
反乱軍が重慶内に生き残りがいて、しかもそれが日本政府の関係者だと気づけばおそらく全勢力をここへとよこそうとする。いや、さっき楊貴妃と俺が出会った時に既にその決断はしたんだろう。けれども日本海側に米軍が出現しているから対応に追われている。
優先度的には後者だろう。
前にインドネシアかどこかで反政府勢力がクーデターを起こした時にも真っ先に米軍が駆けつけていた。もちろん、肉をぶら下げた途端に駆け寄ってきた犬のようなもので、米軍を皮切りにしてフランス、イギリス、ロシアまでもが『平和』を盾にしてその肉にありつこうと海軍を寄越した。つまり、国の情勢を不安定にさせるということは、当の本人たち以外の要因で国を壊すことになるってことだ。
今回はインドネシアの時よりもさらに酷い事になるだろう。
今はアメリカという駄犬の手綱を日本が必死に掴んでいる状態だ。
同盟国の要人が中国に囚われている、という事実はアメリカを戦争を許可するだけの十分な権利を持っている。
今の混沌期に彼らの国を揺るがすレベルの厄災は日本海側にある。
「つか、超やべぇよ」
1階でアンドロイドを制御していたタエが俺達の元へと戻ってきた。
「あ、幼女その2がいるじゃん?」
エルナの祖母を見て少し険しい顔が綻ぶ。
「何が超ヤバイの?」
俺が聞くと、
「よくわかんねぇけど、デモ隊が近づいてる」
「え…?」
「中国語で書かれたプラカード持ってるからデモ隊じゃね?そいつらがはるか遠くに見えるんだよ。笑ったよマジで。お前らそこで何してんの?って感じで」
俺達は互いに顔を見合わせた。
「そうきたか…」
議員が何かわかったのだろうか、小さな幼女の手を顎に添えて言う。
「こんな危険な場所にデモ隊を寄越すなんて、危険じゃのぅ…」
幼女その2が言う。
「いや、そうではない。こんな危険な場所だからこそ、デモ隊…つまり、一般市民を寄越したのだ。そうすることで重慶を攻撃できなくさせているのだ。…いや、おそらくは外向けに『重慶は特に問題は無い』ということをアピールしたいのだろうな」
「あー、そうか、道理で攻撃が弱まったと思ったよ」
タエが言う。
彼女が俺達の元へと戻ってこれたのは対応に追われる事が無くなったからか。
くまのぬいぐるみを操作する小鳥遊が、中華aiPadを操作する。
ホログラム上に俺達の居るビルから赤い線が伸びて、道路を通り、橋を渡り、アサルトシップが墜落したビルの屋上へと伸びた。
つまり、これが脱出ルートになる。
「チャンスは今しかない」
小鳥遊が言った。