163 三十六計逃げるに如かず 6

重慶の街は酷く白い埃に覆われていた。
さっきまでは俺自身がモノローグで『普段よりも今が空気が澄んでいる』などとヌかしていたけれど撤回する。これは酷い。酷く埃にまみれている。
ちょうど金魚の糞が水槽の下部に溜まっているところで金魚が大暴れして、水が思いっきり濁ったの状態に似ている…つまり、俺達や敵のドロイドバスターが大暴れしたせいで炭素化していた重慶市民の死体が空へと舞い上がってこの埃になったのだ。
よくよく考えればそれはとても恐ろしく、気味の悪い事だった。
空から見下ろした様子とトラックから見上げた様子はまず一致しないから俺の脳内でその両者の関連をつけさせて、なんとか俺達がトラックを降りた地点に目星をつけた。
が、居ない。
やっぱりあれだけの戦闘が起きたのだからどこかへ隠れたのか?
タエも戦っている気配がない。
地上では今も中華兵どもと猿のドロイドバスターがウロウロしている。
(キミカ君)
おおぅ。
脳内に直接響く声。
電脳通信とも少し違う。
これはテレパシーだ。
(誰だ…脳に…意識の中に直接メッセージを…!!)
(キミカ君…もう前からメッセージを送っていたんだから、いまさら中二病患者のような反応をしているのはやめて欲しいよ…)
小鳥遊のチビか。
(小鳥遊のチビ…と思っているわけだね、ずっと前から)
(ヒィィィィッ!!)
(君の視界にある一部が内部から爆発したかのように破壊されているビルが見えるかな?)
(あ、うん、見える見える…って、アレは確か)
(そう、君達が重慶旧市街に滞在した時に訪問したビルだよ)
(そこにみんないるの?)
(うん。かつての戦神達は強者だけを集めて、街や谷の狭い通路で戦ったんだ。そうすれば兵士が一度に相手にする敵の数を絞れ、大軍はその利を活かせなくなる。有名な戦いとしてスパルタとペルシアのテルモピュライの戦いがある)
(…つまり、今ビルの中で応戦してるってことだね)
(そしてテルモピュライの戦いと同じ結末になろうとしてる)
クソッ!!
あれだけ俺が猿引きつけたのにあんまり効果が無かったのか?!
猿も俺と同じでデリゲートができるんだろうか?
さっそく俺自身は、孫悟空どもに見つからないようにと空からミサイルの様に素早く落下し、重慶旧市街の巨大雑居ビルに着弾した。
そこは見に覚えのある景色だ。
明智教授のドロイドバスター生成実験が行われていたフロアだった。
(どこにいるの?)
再び俺が頭の中でそう考えたけれども、何故かそれに対する小鳥遊の反応がない。というか、小鳥遊が俺にアカシックレコード・テレパシーの能力でも使って会話をしている最中でなければ俺が奴に脳内で話しかける事ができないらしい…。
あれだけ俺に早く来て手伝って欲しい的な物言いをしてるんだから定期的に連絡してきて、今どこですか?的な心配をするのが年下のお前がやることだろうが!
なんて事もモノローグで語ってはみたんだけれど、反応がない。
おっかしいなぁ…。
なんて思っていると研究施設の奥のほうから物音が聞こえるのだ。
最初、小鳥遊は半径50?だかこの重慶には人がいる痕跡がない、と言った。
なのに物音が聞こえる。
人だけじゃなく、動物も居ないとも言っていた。
なのに物音が聞こえる…。
どういうことだ?
俺は敵がいつ襲いかかってきてもいいようにとブレードを居合い斬りできるように構えてゆっくりとフロア内に侵入していく。
「ちわぁ〜っす…三河屋で〜っす…」
サザエさん三河屋さんのように酒でも配達してきたのを装って自らの存在を相手に知らせる…こうすることで相手のほうから俺に向かって来てくれるし、俺の居合い斬りの射程圏内に飛び込んで斬られてくれるからいいんだよね。
なんて思って忍び足で進むが、意外な人物が俺の前に現れたのだ。
三河屋かのぅ?はて、酒は頼んだ覚えはないのじゃが…」
この声は…エルナの祖母の幼女その2じゃんか!!
「生きてたの?!」
俺が声を張り上げると、向こうもそれに気づいて瓦礫の山の上にひょっこりと幼女の頭を覗かせた。そして俺を見るなりニンマリと笑ってから、
「おおぅ、久しぶりじゃのぅ。3日ぶりか?」
などと言う。
コイツは全身がサイボーグだから例の生物兵器では死なないのか?
重慶市がクソ大変な事になってるのに大丈夫だった?身体が炭になってない?」
「ふむ。大丈夫じゃ」
そう言いながら幼女は汚らしい本を手に持って立ち上がって、瓦礫の山から降りてきた。今にも転びそうなフラフラとした足取りで…震えてるのか?
「実はこの炭化の現象、思い当たるフシがあってのぅ…」
「え?」
明智教授がこの施設内で死体を処理する際に使っていたものも、成分が近いのじゃ」
「えぇっと…それって」
「どういう経緯で反乱軍が兵器化したのかしらんが、少なくともこのビーカーはその手の兵器でもちゃんと防ぐように作られておる。というより、内部で死体を処理する為に使っておるのだから耐久性が優れておって当たり前じゃ。ここいらの住民がパニックになってからワシは1人、ここのビーカーの中で隠れて追ったのじゃ…残念ながら1つしか密閉可能なものがないので、ワシしか助からんかったがのぅ」
「まぁ、エルナが喜ぶよ。みんな死んだと思って絶望してたからね」
「わしはまだまだ死なん。死ねんのじゃ。謎を解くまでは…。しっかしそれにしても、キミカと申したかのぅ。お主はタフじゃのぅ…こんな大変な事になっておるのに震え1つ起こしておらん。わしはさっきからガクガクブルブルで精神的にはかなりチビってしもうておる…もしサイボーグじゃなかったら、もうパンツは小便とウンチまみれじゃ」
…。