163 三十六計逃げるに如かず 4

「召喚ッ!!」
タエが叫ぶ。
目の前の空間がネジ曲がり水飴でも突き破るようにサイのタイプのドロイドが現れる。重量はともかく大きさはタチコマのような多脚戦車タイプのドロイドを凌ぐ大きさだ。
地響きを起こしながらもサイタイプのドロイドは突進する。戦場に巻き込まれ大破した車を角で押し上げ弾き飛ばし、砂化した死体を粉塵と化させ、ビルの柱ごと突き破り、先ほど反政府組織のテレポーターであろう楊貴妃の野郎が部隊を転送している箇所に向かって突進する。
「どこ?見えないよ?!」
クマのぬいぐるに聞くタエ。
「そのブロックを曲がったところ」
俺も空へと飛び上がった。
そのまま高度をどんどん上げていく。
2ブロック先には確かに空間がねじ曲がるような感覚がピリピリと伝わってきていた。それは俺が今まで自分で『キミカ部屋(異空間)』から物体を転送してきていたから身体が覚えている。
ビルの谷間に飛び出す俺。
ちょうどタエがコントロールするサイ型ドロイドが転送途中の部隊に突進していくところだ。
連中は突然の敵の襲来に大慌てでマシンガンやレールガンなど装甲の分厚い兵器には通用しないのだが、武器が適合していないのにもかかわらずサイ・ドロイドに撃ちまくっていた。
近距離タイプのドロイドが飛びかかるが、軽々とサイ・ドロイドは首を捻り邪魔くさそうにドロイドを弾き飛ばした。
それから中華兵どもをドロイドにそうしたように弾き飛ばし、またはミンチにし、いよいよ召喚元である楊貴妃手前まで接近したところで、ギリギリ楊貴妃の正面に多脚戦車が転送されてきた。
ビルの脇からショックカノンで応戦する俺。
現れたばかりの戦車はバリアを展開していたが、俺のショックカノンの連発によりあっちゅうまに削ぎ落とされ、ちょうどバリアの再展開が行われるそのタイミングでサイ・ドロイドの角が多脚戦車にめり込む。
動きが止まる両者。
メキメキと金属が変形する音が響く。
サイ・ドロイドの角が戦車の中心部分から上へ向かって突き上げられ、その先端はおそらくパイロットの1人であろう中華兵の腹を貫通していた。ゴミでも振り払うようにその兵士の肉塊を振り落とす。
そこで楊貴妃が動いた。
既に廃車となった戦車を吸い込むように転送させると、引き続いて目の前のサイ・ドロイドも吸い込もうとする。
マヌケだ。
吸い込むことに集中しすぎて俺が奴の背後に迫っている事に気づいていない。どうしてこんな近距離まで近づけるか?…それは中華兵どもが叫ぶ間もなく俺のブレードでバラバラに分解してさし上げたからだ。
奴に対して『敵(俺)』の襲来を告げるものは誰もいない。
「へぇ〜。手が修復されてるじゃん?」
俺がブラックホールへと吸い込んでいた手が治っている。
俺の声に慌てて振り向く楊貴妃
だがその顔に強烈な顔面パンチを食らわす俺。
デフォルトで搭載されているであろうドロイドバスター用の小型バリアが粉々に粉砕されるのが俺の手に伝わってくる。
バリアを貫通し、手の先へと集中させていたグラビティ・コントロールがフルに炸裂。ヤツの顎骨をへし折って、周囲の建物のガラスなどの脆い部分などを衝撃波で粉砕した。
目を見開く楊貴妃
真っ黒な目。
俺に対しておそれを抱いているのかどうかは知らないが、少なくとも女が自らの顔を殴られて『変形』したのだから、喜ぶわけがない。
眼球の無い真っ黒な目の残りを俺に向けて、
「ああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!」
と叫んだ。
暗闇でそうされたら幽霊かと思うほどに恐ろしい叫びだ。
粉砕された顎はだらんと垂れ下がり、口からは血がボタボタと垂れて地面に血だまりを作る。よく見れば血だまりの中には歯が転がっている。
インプラントがおすすめだよ、最近は顎まで作り変えるから、美容整形もついでにしていく人がいるらしいね。でも、あなたの場合はその前に目が必要じゃない?」
ブレードに手をかける。
一気に間合いに入る。居合い斬りで首を切断…しようとしたところで、ゲロを吐く体勢になる楊貴妃
「クソッ!」
ゲロじゃない。
ちょうど口の辺りから転送しやがった。
孫悟空を。
なんでも切れるはずの俺のグラビティ・ブレードが孫悟空の持っている如意棒に阻害される。
その背後では、もし日本語が話せたのなら「ざまぁみろ」とでも言いたげな顔で楊貴妃の野郎が真っ黒な気味悪い目を見開いて、砕けた顎をだらんと垂らしながら『舌』をベロンと垂らして「あっかんべー」をした。
印を結ぶ。
「口寄せの、術!」
俺の背後からセカンダリを召喚。
俺よりも体重が3分の1ぐらいしかないクソ猿にもかかわらず俺の攻撃を如意棒で防いでいるので、ブレードに加えてグングニルの槍を叩き折ろす。もちろん、グラビティコントロールによる衝撃波のオマケ付きだ。
「キキキーーッ!」
猿が叫ぶ。
猿の毛という毛がそれで吹き飛んだからだ。
一瞬の隙をついて俺のブレードが孫悟空の首をかっさばく。
宙に飛び上がる猿の頭をセカンダリの操るグングニルが突き刺す。
「ひぃぃいいぃぃ…ひっ、ひっ」
叫び声を上げながら楊貴妃は着物を振り回しながら逃げ惑う。まるでダンスしているかのようだが、血をまき散らして着物も肌蹴てダンスというより、キチガイが踊っているように見える。
すると、楊貴妃の着物が掃除機にでも吸い込まれるかのように、ある1点に向って吸い込まれているではないか。俺はマイクロブラックホールを作った覚えはないのに。
「マジ…で…」
こいつ、自分自身をどこかへ転送してるのか?
すかさずショックカノンを取り出して楊貴妃を撃ちぬいた…が、着物だけがバラバラに分解されて、空へと舞い上がった。
「クソッ!逃げられた!…あ?」
この…。
この猿野郎…!!
頭が無くなっても生きてるのかよ?!
もしかして、あのヘカーテと同じレベルの物質変換をするのか?!
ひょっこり立ち上がった首なし猿は手で印を結ぶ。
その瞬間、俺がさっき衝撃波で弾き飛ばした猿の毛という毛が全て地面と同化、その一瞬後、メキメキと音を立てて地面を全て孫悟空のコピーへと変えた。いや、毛の数よりも多い数の孫悟空が、生み出されてる。
生み出され続けている。
「「超ヤバイんだけど…」」
俺とセカンダリは声を揃えて言った。
それは言うならば、俺がネットゲームでパーティプレイをしている時に、1人だけ勝手にモンスターの群れの中に突撃してしまい、周囲のモンスターを全て引き連れて、あろうことかパーティの元へと逃げてきた時のような「やっちまった感」が漂っていた。