163 三十六計逃げるに如かず 2

基地を出発してからもう随分と経った。
小鳥遊は不知火の基地内に幾つかドロイドや多脚戦車を残しておくと俺達に話した。自分は自分で俺達に同行するわけでもなく、他の連中と一緒に次の基地…いや、隠れ家へと逃げるだけだ。
アカシック・レコードのテレパシーのような力で直接脳に語りかけることもできるらしいが、それはそれで1対1の通信となってしまうので田中君を一旦借りることでそこを通して俺達と会話ができるようになっている。
小鳥遊のサポートはそれだけだ。
俺達に助言をすることと、基地内にタエがテレポートさせることができるいくらかの兵器を置いておくこと。
相手の規模がわからないからそれで戦力として足りているのかもわからない。しかも、相手がドロイドバスターだとするのなら、その名の通り、ドロイドをいくら用意したところで勝ち目はないということはわかる。
相変わらず運転はファリンが行い、助手席にはタエが座る。違うのはタエが膝に抱きかかえているのがPSPではなく、クマのぬいぐるみである田中君であること。…今は通信端末化しているが。
「敵のドロイドバスターは楊貴妃孫悟空って言ってたよね。あいつらとは昔から戦っているの?」
後部座席から田中君の向こう側にいるであろう小鳥遊に言う。
「そうだね。随分前から…最初はそれほど大きな組織じゃなかったんだけど、李国家主席の政治的な不安要素が大きくなるに連れてどんどん連中の規模は肥大化していったよ」
「あの猿野郎は…孫悟空だっけ?あいつは人間なの?」
「よくわかってない。ドロイドバスターの創造の力を使う」
エントロピーコントロールもつかってたし、如意棒みたいなどんどん伸びる棒も持ってたし、いや、あの棒は…物質創造の力なのかな?」
孫悟空は最近現れたんだよ。前はテレポーターの楊貴妃とナタを持った男が来ていた。ナタを持った男の方は注意したほうがいい」
「そいつもドロイドバスターなの?」
「そう」
「能力系統は?」
エナジーコントロールだよ」
…ってことはメイリンと同じか。
電気をビリビリ発生させたりフィールドを展開したり、後は熱を圧縮してビームを作り出したりしてたかな。
「キミの友達も同じ能力系統を持っているようだね…だけど、それとはちょっと違うよ」
「そうなの?」
「全ての攻撃を無効化する」
「…何その中二病臭い設定…」
俺のその反応に膝に抱えたままタエがプックスプックス笑ってる。
「戦ってみればわかるよ。全てのエネルギーをコントロールする…自分に対して向かってくるエネルギーを無力化することだってできる。ミサイルが突っ込んできても、その衝撃波や爆風や熱などをドロイドバスターの力で無効にされたら為す術がない。それだけじゃなく、そのエネルギーが向かう方向を制御されたら所謂『反射』ということさえもできる」
「ん〜…ファンタジー過ぎていまいち理解が追いつけない。そういえばRPGでは魔法を反射する的には、自分自身に魔法反射のエンチャントをつけた後に自分に魔法を撃てばランダムで敵へ魔法が飛ぶっていう、」
「そこでゲームの話を持ってこられても僕はどうすればいいのか理解が追いつけないよ」
「つまり相手が反射をしてくるということはですね、あたしが自分自身に攻撃してからぁ、」
「やれよ絶対」
クソッ、俺とクマ野郎の話の間にタエが入ってきやがった。
「例えて言っただけだよ!」
「ン、だよその例えはァ!非現実と現実をごっちゃにするなっての〜。だからオタクはダメなんだよなー」
こォンの野郎…。
などと俺達が会話をしているとクマのぬいぐるみを制御している小鳥遊が突然言う。あまりに突然の話題変更である。
「今、どのあたりなのかな?」
俺はaiPhoneを取り出してGoogleMapで確認する。
通信は出来なかったがさきほど不知火の基地でWiFi通信をして中国のここいらの地図をダウンロードしていたのだ。ジャミングが丁寧に掛かっていない限りは現在地点がGPSで取得できる。
「えーっと…重慶旧市街地…のはず」
「それはおかしいな」
クマのぬいぐるみが言う。
膝に抱えた状態でタエがぬいぐるみに向かって、
「何がおかしいんだよアァーン?!」
と挑発する。
「人が居ない」
…ん?
そういえば、そうだ。
少なくとも重慶新市街よりもここは人は多かったはず。
みんな避難したのか?
今から俺達vs中華ドロイドバスターの戦いが起きるから?
「人が…居ない…ね」
俺は言う。
「どこかに隠れているのではないのか?」
議員が言う。
「いや、どこにも居ないですよ」
議員に向かってクマのぬいぐるみ内の小鳥遊が返す。
そこで何かに気付いたのだろうか、タエは今小鳥遊が何を言おうとしているのかを俺達に説明してくれた。
「あぁ、えっと、このチビの能力はアカシック・レコード千里眼なんだよ。つまりさ、えーっと、千里眼の力は…生物とかが感知している情報を遠隔地から取得できるつぅわけ。人間含めてここいらに『生物』が居ないと、情報を探知できないんだよ。情報が探知できないイコール、ウチ等以外の生物がここいらに居ないっていう…」
そこまで言い掛けてから、突然ファリンは車を停めた。
車だけじゃない、会話も止まった。
タエもペラペラと話していた口を閉じた。自分が自分で何を言ってるのかをそこで理解して、言葉を詰まらせたのだ。
そうだ。
ここに俺達以外の人間がいない。
少なくとも一般人の視界の範囲内に居ないというよりも、ドロイドバスターの千里眼の能力でサーチした結果『居ない』というほうが、信頼できるし、最悪な事に、より絶望的だった。
今まで走り続けていたトラックはそこで停めて、俺達は基地以来、初めて地面に足をつけた。
誰もいなくなった、廃墟の街の地面に。