163 三十六計逃げるに如かず 1

翌朝。
朝食を終えてからさっそくミーティングだった。
『さっそく』という言葉を俺がモノローグで語ったのは、そうでもしなければこの基地から誰もいなくなるんじゃないかというぐらいに、昨日まで滞在していた兵士達が移動し始めているからだ。
ガラガラになった基地の中心にある建物の中、同じくガラガラになっている司令室のような場所で俺達は再び集まった。
しかし、司令室にもっとも必要な人間である司令官の男は既にそこにはおらず、代わりに小学校から迷い込んできたんじゃないかっていうぐらいのガキの副司令「小鳥遊」がいる。
そして、厳しい警備も解かれた事を意味する。
このミーティングにエルナやファリンが参加していることがその証明だ。本来ならこの部屋に部外者が入っていっていいわけがないからな。まして中国人なら敵国人だ。
ファリンやエルナを味方として認めたわけじゃない。
おそらく、もうこの基地は破棄するのだから、そんな廃墟予定であるこの基地のミーティングルームにこの2名が居てもかまわないと判断したのだろう。そんな判断を誰が下したのかは知らないが、目の前の小鳥遊も淡々と作戦要項について話している。
「キミ達は重慶に戻る。でもそこにはまだ完全ではないにしても、他と同様に防御設備が残っているだろうし、反政府軍が侵入し、それらを奪って使うだろうことを想定しなければならない。キミ達の指名は、重慶市を安全な状態にして、日本軍の小型アサルトシップが侵入可能な状態にすること」
小鳥遊は小学生のくせにそんな上から目線の言葉を俺達に投げる。
「失敗した時はこっちに戻ってくればいいんだな?」
タエがそう聞くと、小鳥遊は言う。
「こっちに戻ってきても僕達はもう居ないし、その時は重慶のどこかに潜んでいる方が安全かもしれない。そのうち別の救援部隊が編成されると思う。…でも、失敗するってことは、政府も軍も強攻策をとらざるえなくなるってことだよ。この意味がわかって言ってるんだよね?」
それに苛立ちを隠せないような表情でタエが返す。
「はぁ?…つか、強攻策って、オマエ、十分すぎるほどに強攻策とられてるじゃんか。ウチ等どんだけ頑張って逃げてきたと思ってんだよ!」
今の文脈からしたら、政府と軍は向こう側を意味する事じゃないな。タエは中身が女だからか直情的になりすぎだ…。
「違うよ。中国の反政府軍のことじゃない。日本政府と日本軍のことだよ。簡単に言えばこれをきっかけに戦争になる確率があがるってことさ」
「ンなこたぁわかってるよ!」
ほんとかよ…。
「これをゲームに例えたら、完全クリアがキミ達が重慶を制圧して安全に安倍議員を日本まで送り届けること。80%クリアがキミ達は重慶を制圧できなかったが、なんとか命からがら逃げ切る。50%クリアが、キミ達はなんとか生き残ったが救援部隊もやられて、次のチャンスを待つ状態。もちろんゲームオーバーは安倍議員が死ぬことだ」
「ンなこともわぁーってるんだよ!!!」
ゲームに例えるところまで予見してたってことか?
「日本軍の援助、どれぐらい受けれる?」
ファリンが聞くと、さすがは右翼なのか小鳥遊は不機嫌なのがフードの隙間から目だけで見て取れるように表情を変えると、
「日本軍は実質、秘密裏に行動するしかない状態だよ」
と言った。
それからため息をついて続ける。
「正式に救出作戦を行うってことは中国と戦争をすることが国会で可決されたことを意味するからね。今はまだマスコミも…特に左翼系マスコミはこの事実を国民へ隠蔽しようと必死に錯綜しているところだ。先ほど入った情報だと米軍と南軍が日本海に展開している」
「中国政府は?」
ファリンが聞く。
「公式な発表はまだないよ。こちらが知る限りでは『かき混ぜ』て、面汚しをするのが目的だったみたいだけど、思った以上に面汚ししたせいで米軍も日本軍も刺激して、おそらく反政府勢力側も内部で蜂の巣でも突っついたような騒ぎになっているだろうね」
そこに安倍議員こと幼女の冷静な一言が入る。
「いつものことなのだ。上の思惑どおりに国民が動かず、気がついたらめちゃくちゃになっている。中国という国はいつもそうだ。最期はドリフも真っ青にめちゃくちゃなオチになって終わる。ドリフと同じで、爆笑するのは視聴者のように、隣国を除いた遠くはなれた国だけなのだ」
どこにも笑える部分がないよ…。
「反政府勢力にドロイドバスターがいた事はわかっていたのではないのか?まるで対策が成されてないように見受けられるのだ」
安倍議員は唯一の政府機関の生き残りであるファリンにそう聞く。
「李国家主席は、ドロイドバスターを甘く見ていた」
そう一言言う。そして黙る。
「いざとなれば、僕達を利用しようとしていたんだよね」
水を刺すように小鳥遊が言う。
心が読める小鳥遊を前にしては言葉少なくして、真実を覆い隠そうとしても無駄なのか。代わりに小鳥遊が説明する。
「李国家主席は重兵器やドロイドを主体とした戦い方を戦前から好んでいるんだよ。一方で反政府勢力はゲリラ戦が得意だ、というかそれしか出来ない。今まで何度か攻撃に曝されてたんだろうけど、防ぎきっていたのさ。いざとなった時の保険にと日本から護衛にドロイドバスターを寄越すようにと要請した。もちろん日本側だって甘く見てないから、言われなくたって護衛に寄越す。でも『いざとなった時』は訪れて、彼が思っていたよりも相手が上手だったってことだね」
「上手だったんじゃねーよ!!こっちは幼女がウンコしてたから逃げ遅れたんだよ!ホントだったらイチと一緒に日本に逃げ帰ってたよ!」
タエが反論する。
そういえばそうだったな…色々あったからすっかり忘れてたけど原因は全部幼女のお腹が弱いからだ。
「下痢に原因を求めるな!身体的な理由でイジメをしてはダメだと学校で習わなかったのか!!」
などと反論する幼女。
「もうオムツを履いてたほうがいいんじゃないの?」
と俺が言ってみると幼女は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「な、な、な、なにを言うのだ!!この歳でオムツなぞ履けるか!」
「この歳って…まだオムツ履いててもいい歳じゃん?マタがユルいとかで小学生ぐらいはオムツ履いてる女子がいるって聞いたことが」
「貴様の風俗系週刊誌で手に入れたような卑猥な知識を披露するな!トイレに言ってもオムツはしない!それが安倍家の古くからの習わしだ!」
「戦場では兵士は恐怖と興奮でマタが緩くなって小便もクソも垂れ流しになるっていうから、あたしとタエみたいに戦場馴れしてるの以外はオムツしたほうがいいかもしれないね、別に幼女だけが例外じゃなくて、ファリンもエルナも終わる頃にはクソまみれになってて、アサルトシップの船員がクセェから日本海に蹴り落とす可能性もあるよ」
とヘラヘラ笑いながら俺は言ってみる。
ファリンは顔を真っ赤にした。
エルナは同じように顔を真っ赤にしながら言う。
「お、大人用のオムツはないのですか…?」
と履く気まんまんのようだ…。