162 脱出経路 6

司令室の隅のほうのテーブルで議論を重ねてるのはタエとあのガキだ。名前は…紹介されていないな。
でも俺の事は向こうは知っているわけだ。そりゃここで着いた時に銃を向けられなかったのはタエと俺と議員だけだからな。
司令と思しき60代ぐらいの男は俺に向かって言う。
「君の事は聞いているよ、ジライヤ君やイチさんから」
「は、はぁ…」
テロリストの首領と言えば聞こえは悪いが、俺が想像していたよりも意外にも、落ち着いた雰囲気はある男だった。それは安倍議員が不知火を大戦時の残存勢力である諜報機関の一つだと紹介した辺りからはわかる。
つまり、元々は政府のお膝元で働いていた、いわば『公務員』だ。
「君がここへ来るのは、おそらくは想定外の中の想定外だろうな」
「…どういうこと?」
「ジライヤ君は君が作戦に参加するとは思ってなかったし、仮に参加したとしても以前から親しい関係にある総理のほうの護衛につくだろうと考えていたからだ。どういう運命の運びなんだろうかねぇ」
「あの状況では安倍議員の護衛につかざるえなかったよ」
「それもそうだな…だがしかし、それ以前に総理に何か言われたんではないかね?」
鋭いな。
総理が『戦争をやりたがってる勢力』だと言っていたのは、もしかしたら目の前にいる男もその一つなのか?と俺は脳裏に浮かんで、疑いの目を向けてしまうほどに鋭い指摘だ。
「総理は安倍議員が襲われると世論は戦争に動くだろうと予測したよ。そういう風に画策してる連中がいるかもしれない、とも」
「そして、それが我々だと?」
「そこまでは」
「君はどう思うね?」
「そうじゃないかと思ってるよ。そもそも不知火って右翼の中の右翼じゃんか。中国や朝鮮をこの世から消し去りたいって思ってそうじゃん?」
司令の男は少し乾いた笑いをしてから、
「それは思い違いだねぇ…そもそも君は本当の意味での右翼というものを解っていない」
「本当の意味での右翼?愛国者って意味でしょ?」
「確かに一理はあるが…そういう意味では左翼も愛国者だよ。右翼というのは保守派なのだよ。現状維持、今まで築き上げてきた利権を守る、変化を許さない、部外者を許さない。まさに古き良き日本の村社会そのものだ。中国が日本に危害を及ぼすのなら滅ぼしてしまえという考えはあるが、それはある意味、危害を及ぼさないのなら関わりたくない、という事と同意義なのだよ。まして侵略しようなどとは思わない。それは左翼の考え方だね」
Wikipediaにあるような説明書きと同じような事を言う。
確かにそれは本来の右翼・左翼の意味だけれど、日本ではそんな言葉は飾りでしかないってのは知ってるはずじゃないか。
「じゃあ、なんで不知火は中国で活動してるの?」
そう俺は今まで思っている疑問をぶつけてみる。
しかし、それにもスラスラと答えたのだ。
「それは我々が元々、日本の諜報機関だったという名残りだ。国を離れ、敵国の中で国を守る活動をする…例えそれがテロリストと同意義だと思われても、それが我々の仕事なのだよ」
司令の男はお茶を啜りながら、再び言う。
「それにしても、キミカ君、と言ったね…君をジライヤ君が『ここ』によこしたくなかった理由が解ったよ」
「?」
「…いや、なんでもない。今のは忘れてくれ」
な、なんか俺は変な噂でもあるのか?
「戦地に向かわせたくない親心という奴?」
「まぁ、それもあるんだろうが、最悪なケースだと君が我々と出会ってしまうではないか」
「それ、『最悪なケース』の分類だったんだ…」
「そうだな。今が最悪なケースだ。君が我々に出会って、つまり、ジライヤ君やイチさんの裏の事情というのを詳しくなる…彼はそういうのを嫌っているのだよ」
あぁ〜…なんとなく解ったよ。
例えばクラスで明るく振舞っている人が家では親に暴力振るわれてたりして、そういうのは黙っておきたかったんだけどバレてしまって、クラスの人間やら先生やらを巻き込んで大騒ぎになって、結果的にクラスでの立ち位置を無くすっていう…。
「で、最初に戻るが、さっきも小鳥遊君が言ったが、心底迷惑しているのだよ、今回の訪中については。経済も政治も不安定になり、軍事面でピリピリしているこの時期に日本政府の訪中だ。それが完全に避雷針になってしまって、案の定、連中は会談を襲撃して李国家主席のメンツを壊してしまった。どちらにせよ転覆されられてしまうのだがね、そこに日本を巻き込んだあたりは、ある意味、李国家主席の手腕…いや、追い詰められた窮鼠の最期のあがきという奴かねぇ」
「あたし達が日本に逃げ切れば勝利じゃん」
「おそらくそれはむずかしい。私の経験上ね」
「おじさん達が協力してくれるんでしょ?」
「我々は、優先的に我々の身を守る。議員がどれだけ日本の保守派に人気があったとしても我々がここで活動を停止することは最悪中の最悪なパターンなのだよ。手助けはするが、それは二の次だ」
司令の男はそう言った。
あのガキは小鳥遊(たかなし)と言ったっけ。
そっちのほうを見てから、
「決まったかね?もうスケジュールが間に合わなくなるぞ」
腕時計はしていないが、腕を指さして言う指令の男。
「えぇ、決まりました。というか、決めました」
小鳥遊は立ち上がってからテーブルの上のメインホログラムに今までタエと練っていたプランを表示する。
しかしタエは何やらご立腹のようだ。
というか、俺ですらもこのプランを見てご立腹になりそうだった。
ホログラムには俺達がこの基地から出て、どこへ向かうのかを矢印で説明しているわけだけれど、その矢印は、まるで俺達が今まで進んできた順路を戻るように続いて、最後には重慶市まで戻ったようにしか見えない。
俺はてっきり「これは今まであたし達が来た経路だよね、矢印逆だよ?」と言いそうになったぐらいだ。
いや、実際言ってしまった。
「これは今まであたし達が来た経路じゃんか!!逆逆!!矢印逆!」
「いや、これであっているよ、ドロイドバスター・キミカ」
「あってないよ!!単にGo Homeって意味にしか思えないよ!」
「対空警戒が薄い地域が『重慶市』なんだよ。キミ達は重慶市からアサルトシップで日本に帰らなければならない。それ以外の場所はジャミングや対空砲が設置してあってとてもじゃないが安全は保証できないんだ」
「なんで?!」
それにはタエが答えた。
重慶市はウチ等や軍が大暴れしたせいで色々な設備が破壊されてて、つまり荒野みたいなもんなんだ。幸か不幸か対空警戒が一番薄くなってる、つぅ話。でも、どう考えても今回のクーデターを策略した奴が占拠してそうな気がするんだよなぁ」
ぐぬぬ…」
確かに、そのホログラムが表示してある矢印ルートの周囲には航空機やら対空砲、ドロイド、警戒機などがウロウロしてる。重慶市だけは他と比べて薄いのは政府の正規軍と反政府勢力が戦ってるからか?
「ボクは千里眼の能力がある。道案内はボクがするよ」
「っつぅか、オマエも来いよ!!」
すかさずタエがツッコむ。
「ボクは不知火を守らなければならない。出来るのは情報をキミ達に届けてサポートするだけだよ。遠くからね」
「通信は阻害されてるのにできるの?」
俺が聞いてみると、
(出来るよ)
「げ、心の中に声が響いた!!」
や、やめろォォォ!!!
こ、こいつ、やっぱり心が読めるのか!!
ドロイドバスターのアカシック・レコードの力だ!
俺はすかさずエッチな妄想をして心を読まれるのを阻害させた。
訝しげな顔で小鳥遊は俺を見てから、
「キミはこういう状況でそんな事を考えていたのか…」
そう言う…。
いいさ、心を読まれるのを妨害するためならなんだってするさ。
「妄想するのは勝手だけれど、ボクがタエ君に逆レイプされるという妄想をしたのなら一応報告させてもらうよ…」
「ン…だとゥ?!オマエなんてこと考えてんだコラーッ!!」
タエのチョークスリーパーが俺にキマった…。