162 脱出経路 5

俺とタエは作戦司令室のような場所に案内されていた。
ケイスケの家にあったような天井から下げるタイプと、テーブルの上に立体表示させるタイプの二つのホログラム・ディスプレイがある。
テーブルの上のほうにはこの基地と思しき建物の周囲を立体表示しており、こうしてモノローグを語っている間にもその立体表示は動いている。リアルタイムで兵士や周囲の状況を監視しているのだろう。
天井から下げる方のホログラムには中国語で書かれているニュースのテロップやら、政府乗っ取りを実行したと思われるクーデターの首謀者が演説をしている光景がある。
何故この場所にファリンやエルナが居ないのか…それは、表で俺達がトラックから降りた際に、周囲を兵士に包囲され、俺とタエと議員以外は部外者…いや、『不審者』扱いされ拘束されたのだ。
なんとなくはわかっていた。
助手席に座っていたタエが突然ハンドガンを取り出してファリンに向けた辺りからだ。そうしなければ筋が通らないのだろう。
少なくともこの日本人テロリスト集団である『不知火』が掌握したエリア内では、仲良く日本人と中国人がご一緒にトラックに乗って、本来なら隠されているであろう不知火の基地の一つにやってきたのだから、形だけでも、不知火の一員であるタエが中国人の政府関係者であるファリンを脅して、ここまでトラックで運搬させた、と筋を通さなければならない。
この作戦司令室のような場所のテーブルを囲んでいるのは俺とタエと、不知火のこの基地の関係者と思しき連中が囲んでいる。
その中の1人、10歳も届いてないような男の子が言うのだ。
「正直、キミ達には迷惑してる」
「しょうがねぇだろォ?!」
タエがそれに返す。
その10歳にも届いていないような男の子、いや、ガキは全身をローブに身を包んでフードこそ、今は取り払っているが、その首元には俺がドロイドバスターに変身した後のマフラーのようなものを巻いている。
それゆえに表情は読めないが、何より怪しげなのは、俺の彼女であるキリカと同じで青く光る目を持っているということだ。ま、まぁ、俺の彼女であるキリカが『怪しげ』だなんて俺があいつの近くで思うものなら背後にいつの間にか近づかれた挙句に耳元で「怪しげで悪かったね…」と残念な声で言うであろう…ヤバイな、こうやってモノローグで語っててもそれを察知してテレパシーを送ってきそうな気がするぞ。
それはともかくとして。
タエがドロイドバスターならコイツもドロイドバスターのような気がする。顔だって2次元から飛び出してきたような美少年だし、そして、この怪しげな風貌。…それらがドロイドバスター率を大きく押し上げているのだ。
そのガキの隣には、ここの司令と思しき年配の…60歳は軽く超えているであろう年齢の男が口をもじゃもじゃとさせながらお茶を啜っている。
こちらはこちらで日本軍の正式な制服ではない、というか、大戦時の記録映像が入っているデータディスクにあるような映像にはそういった軍服を着用している兵士はいるのだ。
大戦時からここだけ時間がストップしてるような感覚に陥る。
そのガキは言う。
「タエ君、キミが戦闘中に敵国の兵士を『吸い込んだ』件でもこちらとしては大変だったんだ。もし兵士がGPSの機器を何か装備していたらどうするつもりだったんだい?」
「ンなこと戦闘中にいちいち考えられっかよォ?!つか、オマエは戦闘には出てこないだろうからわかんねーんだろうけどさ!」
悪態をつくタエ。
今の会話だと俺が前に考えていたとおり、タエは異空間ではなくこの地球上のどこか…つまりこの基地への物質転送しか出来ないっぽい。つまりタエが絶え間なくドロイドを転送出来るのはこの基地にあるものを転送したのだ。あのクマのぬいぐるみである田中君にしてもそうだ。
そう考えると不知火のボスであり、中央軍司令官のジライヤにしてもタエと同じようにこの基地からか転送してたことになる。
司令らしき男が言う。
「まぁ、よかったではないか。みんな無事でここまで辿り着けた」
しかしついでに皮肉も隣の副司令のガキが言う。
「ここまではよかったかもしれないですね。でも、ここからはどうでしょうか…タエ君の考えを聞いておきたいです」
司令と副司令の視線がタエに集まる。
「…はぁ?!っつぅか、ここまで逃げるのに必死で何にも考えてねぇっつぅの!!ここまで逃げてきたんだから、あとはノンビリ待ってたオマエ等が考えてるんだろうが!!」
そのガキはため息をついてから言う。
「さっきも話したけれど、この基地だって安全じゃない。重慶が敵に占領されてしまった今はね。ボク達のサポートはアテにしないほうがいい」
「じゃなンでオマエはここまでウチ等を案内したんだっつぅの!」
さらに追い打ちをかけるように悪態をつくタエに向かって、そのガキは手に持っていた汚らしい藁半紙のクシャクシャに丸めた奴を丁寧に伸ばしテーブルの上に置きながら、
「キミがこの汚らしい藁半紙のメモを転送してきたからだよ」
と言う。
確かに、汚らしい藁半紙のメモには汚らしい時で『助けろ!!』と書かれてある。タエが字を書いたのを俺は見たことはないが、なんとなくコイツならこんな汚い字を書きそうなイメージがある。
そして通信が結局使えなかった中で、唯一使えるであろう物質転送の能力を使って『原始的な』方法で助けを求めたっていうところもイメージできた。確かに、この方法はタエにしか出来ない。
続けてガキは言う。
「問題を先延ばしにしただけで何も変わってない。キミ達はここへ逃げてきたんじゃない。追われてきたんだ。ネズミが部屋の隅に逃げていったようなものだよ」と、ガキは表情を崩さず、あの中二病のキリカのような冷淡な話し方で言った。
「ンだとゥ?!」
さらに悪態をつくタエ。
年齢が10歳ぐらい上のお姉さんが10歳ぐらい年下のガキに言われて何も返せない、というか、言い返せても『ンたどゥ?!』程度の動物の吠え声レベルっていうのは、タエと同じぐらいの年の俺からすると見ていて恥ずかしくなるな…。俺は寡黙な正確だから言い争いにはならないだろうけど、このガキは頭の回転は早そうな気はする。
この二人のつまらない言い争いは普段からそうなのだろうか、司令のほうは作戦指示書のような紙を手に持って背もたれを後ろ斜めに倒しながら椅子に腰を降ろして読んでいた。
そして、伸ばした白い顎鬚を触りながら、
「ここで言い争っていてもしょうがなかろう。で、我々はこの基地を捨てて次の同胞と合流しなきゃいけないわけだが、そんな中で、どうタエ君をサポートする?敵は孫悟空楊貴妃なのだろう?」
孫悟空
楊貴妃
…あぁ、あの猿と目がない女の呼び名か…。
こいつらも正体は見破ってないようだ。
「サポートはボクがします」
冷淡にそのガキが言う。
「え?オマエ、ウチ等と一緒に日本に逃げるの?」
と怪訝な顔で言うタエ。
「ボクはあくまで不知火として司令と行動を共にします。タエ君には『道案内』をするだけです」
「それじゃ今までとオンナジじゃねぇか!!」
「そう、今までとオンナジです」
どうやらこのガキは同伴しないようだ。