162 脱出経路 3

中国製のボロトラックのエンジン音がマナーモードのケータイのような音を立てて響いている。
ここは中国大陸の奥地。
そして俺達はジプシーの一団のように街から街へと渡り歩いてその途中のなんら変哲もない道路の脇にトラックを停め、野宿をする。
いち早く寝ているのは安倍議員(幼女)とエルナだった。
助手席からはタエがプレイしている音ゲーの初音ミンクが放つ電子音にも似た歌声が流れている。初音ミンクは普通はそんな声は出さず、普通の人間となんら変わりない歌声のはずなのだが、音ゲーマニアの間では本来の初音ミンクとはそういうものらしい。
ファリンは運転席は窮屈なのだろう、後部座席に移って俺が持ってきていたaiPadを使って蓄積されているネットの情報を見ている。通信こそ出来ない状態だが、ある程度は見ていたもの閲覧できる…と言っても、俺が見てたのは2chのVIPだとかニュー速板だけどな。そして物珍しそうにエルナがしていたCoogleGlassも掛けて使っている。
「それにしても、まさか総理が想定してた事が当たるとはなぁ」
俺がそう言う。
今回は安倍議員を護衛するという役目が俺にはある。そして総理にもホテルで議員を守ってほしいと言われていたし、任務として総理を守ることにもなっていた。
運命なのか誰かの策略なのか、総理と議員は途中で別れる事になってしまい、俺ともう一人のドロイドバスターであるタエが議員を守る事になってしまった。
総理は無事に日本に帰れたんだろうか?
「総理が想定してたことって?」
助手席にいるタエが俺に質問する。
あのホテルのスイートでの話を記憶がはっきりしてるところだけタエに伝える俺。
おそらく安倍議員が戦争の引き金になりかねない、という話。
何者かが暗躍しこのような事態になることをコントロールしているかもしれない、という話。
そして、総理は俺を一般市民だからと信頼していたという話。
この話の中ではタエやイチが『軍属』に属するから信頼できない、という話もあったわけだが、そのあたりは総理の陰口的な意味があるから伝えなかった。だって後から「総理が悪口言ってたよー」っていうのが俺がバラしてたって総理に伝わったら「キミカ君…信じてたのにな」とか寂しい顔で言いそうじゃないか。
「ン…だよそれェ?」
タエがマヌケでよかったよ。
勘ぐりはないみたいだ。
「つまり総理はタエだとかイチだとかじゃなくて、あたしを信頼してるってことだよ。うん」
ドヤ顔で俺はそう言う。
「別に信頼されなくてもいいけどね〜」
などと言ってるタエ。
続けて、
「でもさぁ、安倍議員を守ってくれってネトウヨにとってみたら神様みたいな存在だからな。呼吸するように守るのが普通だし〜。どうしてあたしとかあの爺さんを信用してないのかなぁ?わかんね…」
それに対して俺は、さっきから喉元まで出掛かって停めていた言葉を出そうと思った。なんで停めていたかっていうと、タエが俺が定義するところの『暗躍』してる者の1人じゃないかと思っていたからだ。
でもそうではないようなので、今なら言えるだろうと判断した。
「はっきりと総理は口には出さなかったけど…日本の右翼だとか軍部の中には中国と戦争をしたいって思ってる人が一部はいるってことだと思うよ。今回、総理と議員のどちらが襲撃されたら国民の心象が悪いかって考えると人気が高い議員のほうだし」
「はぁ?!」
タエは音ゲーを止めてPSPを放り投げて俺に言う。
「いや、総理が言ってたんだよ。そういう感じのことを。総理だって予測なんだろうけど今までそんな風に感じとれる奴が周囲にある程度はいたんじゃないかなぁ?」
「つか、ありえないっしょ。ネトウヨって中国みたいな国とは縁を切りたいって思ってる人が殆どっしょ?」
そこまで言い掛けて、タエは中国人であるファリンがいることを気付いて、「あぁ、悪い」と謝る。
そりゃ、俺もそうは思ってるけど。
現に今ファリンが見てる2ch掲示板のニュー速+板でも今回の日中会談に反対してる声が99パーセントぐらいを占めてる。
じゃあ1パーセントは何なのかっていうと右翼に紛れてる左翼だ。
賛成しようものならフルボッコになることはもちろん、ネットワークアドレスやらログから住所や氏名を特定されて現実世界でも居場所がなくなる可能性がある。
「戦争やテロで中国人に殺された人は、どう考えるのかな…と」
そう俺は言った。
俺の一言でタエの顔色は変わった。
何か思い当たるフシがあるのだろうか。
「あぁ…そりゃ、確かに…あるわ。あるある。そうか、そっかぁ…そういうことか…クソッ…ッッザけてんじゃねぇよ…クソ」
そう言って1人怒り出すタエ。
「あくまでも総理の憶測だよ、憶測」
そう言って総理の名前を出す。
「ありえるよ、マジで。マジでそれだよ。さすがは総理だな」
タエは妙に納得してる。
それから、
「それしか考えられねぇじゃん?っていうか、いくら中国人憎しって言っても、マジでありぇねぇ…議員の命をその為に差し出すってのか?中国人と戦争をするために?マジありぇねぇ、クソムカついてきた」
あら…単純に俺の話に乗ってしまった…。
ちょっと後悔した。
まさかこうも乗せられてしまうとは…事実じゃなくて憶測の域を出ない話なのに。『誰がその醜悪の権化なんだ?』みたいに詰め寄られても困るぞ…総理の憶測に過ぎないんだから。
そして俺達の話を聞いていたファリンも言う。
「そういう一部の人達のせいで、みんなが戦争してしまう、それは悲しい事。私、日本と戦争したくない」
「つか、そもそも、てめぇの国の奴が日本でテロすっから恨み持つ奴がいて戦争にしてしまおうとするんじゃねーのかよ!」
タエがそれにツッコむ。
もっともなことだけれど、ファリンはただの中国人の中の1人だ。ここで言ったところで正論でしかないし、何がどうなるかでもない。
しかしファリンは俯いた。
言い過ぎたと思ったのだろうか、タエは「悪ぃ」と一言言った。
かつての台湾は中国そのものだと議員が言っていた。
中国から一部の親日派の中国人が独立して台湾という国を作った。しかも自分達が正当な中国だと名乗ろうとしたこともあったらしい。
台湾が親日であることはマコトを見ててもそう思ったし、中国人にしてもファリンのように情報を正しく見極めている人間は話が通じていて、いわゆる『親日派』だ。
それでも一部の人間が日本でテロをする度に溝が深まっていく。
『思い』はあくまで『思い』のままだけれど、それが行動に出て『結果』を出してしまったら取り返しがつかなくなる。
もし仮に安倍議員を生贄にすることで日本と中国の戦争を目論む人間がいるとしたら、彼らの『思い』が『結果』になるかならないか、それは俺にかかっている。
「ほんと、何と戦ってるんだろうね…ったく」
俺はそう言った。
しかし、タエはじっと暗闇を見据えていた。
肉食動物のソレのように、既にターゲットが何なのか理解して、それを見据えているように。