162 脱出経路 2

翌日の朝早くからタエは元気に支度している。
クマのぬいぐるみである田中君を含めて3、4体のドロイドを召喚してさっさと買い込んでいる食料やらをトラックに詰め込んでいる。田中くんなんかは工事現場の監督のオッサンの格好で、頭には黄色のヘルメット、ランニングシャツに腹巻き、おまけに口の周りに髭までつけている。そこまでするかっていう…。
っていうかアンタ、一体どこに行くつもりなんだ?
そんなに非常食が必要になるぐらい長旅ってこと?
「もうちょっとここに居てもいいじゃないですかァ〜」
なんて言っているのはエルナだ。
そりゃ祖母が暮らしてるこの街に暫く居たいと思うのは仕方がないけれども、国が迷走しているから何が起きてもおかしくないし、このまま日本人の俺達がここに居残るのは周りにも迷惑をかけそうだ。
タエのコントロールする田中くんは笛をピーピーならしながらエルナに近寄ってきて、ジャンプしたのち、エルナのベレー帽を下へ向けてグイッと引っ張って、そして着地した。
それから言う。
「長居したいならすればいいじゃないか!でもここがオマエのお墓になっても僕は知らないからねー!」
そして田中くんはさっきから続けているように、他の巨大なクマ型ドロイドやらウマ型ドロイドやらの指揮を取って荷物運びを再開させる。まさに工事現場の監督の如く…。
タエはそんな様子を少し離れたところにどこから用意したのだろうか、ベンチに腰を降ろして自らのネイルの手入れをしながら見ている。
「こんなに長旅の準備っぽいことして、一体どこへ向かて出発するのさ?シルクロードを超えて天竺にでも行こうっての?」
俺がそう聞くと、
「天竺ゥ?そこって中国?」
ん〜…コイツは知識は俺よりも薄いらしい。
いや、率直に言おう。
俺よりバカらしい。
「…」
「今はどこへ向かうのかは言えねぇっつの」
「え?なんで?」
「ここを出て行くだけでエルナのバカがあんなにビービー文句を言うんだからさ、アタシが今から行こうとしてる場所を言ったら他の連中含めて何を言い出すかわかったもんじゃないよ。マジ、だるぃ」
「そんじゃ、あたしにだけ教えてよ」
「はぁ?ダメに決まってんじゃん。アンタ、絶対にエルナだとかファリンに言うっしょ?」
チッ…。
心を読まれたか。
「おい!オマエ等!!さっさとトラックに乗れェ!!」
ピーピーと笛を吹きまくりながら、田中くんことタエが操作しているドロイドが叫ぶ。
どうやら出発のようだ。
トラックは俺達がここへ乗ってきた時のよりかは新調されてて、まぁ、それでも中古トラックであることは変わりないし中国製であることは疑いようがない事実なんだけどね、乗れないよりかはいい。
相変わらず運転手はファリンで、今度は助手席にタエが乗る。
「はぅぅ〜…まだこの街に居たかったのにぃ」
なんてエルナが愚痴を零しながら後部座席に乗る。
「生きてりゃまた会えるんだよ、バーカ」
それに返すのはタエだ。
生きてりゃまた会える…か。
なんだろうな、この言葉にはエルナが死ぬ可能性すら含めているようだ。エルナや議員やファリンを守らなければならない俺が言うのもなんだけれども、タエは俺よりももっと心配してるんだろう。
だから何があっても生きろよと思ってて、ふとそれが声に出てしまった…って感じもする。
それからタエは、
「ファリン、オマエ、本当にいいんだな?」
そう質問する。
「え?」
「このまま家族と一緒にここに居なくてもいいんだな?」
「…いい。私、みんなと一緒に、日本に行く」
何か思っている事があるんだろうか、少し何か言いかけたのだがタエはそれらを喉の奥に押し込めて、一言言う。
「…そうか」
「それしか、私が生きる道ない」
続けてファリンが言う。
「そんじゃ、いくか…」
トラックのエンジンは前のトラックに比べてとても心地よい音を立ててスタートした。そして、ファリンの家族や親戚、近所の子供に見送られて俺達は重慶旧市街から旅だった。
もちろんトラックはそれから新市街に行くことなどはない…新政府勢力がいるからっていうのが理由だけれども、かといって湾岸へ向けて行こうとしている風でもない。
成都と呼ばれる重慶の隣の市も通り過ぎて、さらにどんどん山方面に向かて移動しているのだ。周囲にはもう民家も農家も人すら居なくなっていくのだ…アレだけの準備をしたのは野宿も前提に考えているからなのか?っていうか、こんな辺鄙なところになにがあるんだ?
それから4、5時間経過した。
トラックは休憩の為に路肩に停められた。
周囲は乾いた大地が広がっていて時々草木が生えている荒野。
人も動物も居ない。
道路の整備は行き届いていないからか、トラックは揺れまくってて俺達は腰が痛くて痛くて、久々の休憩だからと皆が外に出た。
クマのぬいぐるみ内に居た幼女もハッチを開けて身体を外に出し、背伸びをしている。
タエも外には出ていたのだが、トラックから少し離れたところであのジャリジャリのアクセサリーが沢山つけられたガラケーのようなものを取り出してから電話をかけているのだ。
電話?
俺とエルナは顔を合わせて、
「ここって電話繋がるの?」
と言い合った。
俺もaiPhoneを取り出して電波状況を見るも圏外だ。
タエが持っているガラケーはどう考えても日本製なのだが…俺とおんなじで圏外になるはずなんだけどな?
それにタエの表情から察するに友達と仲良く話している風でもない。険しい顔で時々頭をポリポリ掻きながらも、誰かと話してる。
「タエ、中国に友達いるか?」
それを見てファリンが言う。
「いない…と思うけど…」
ガラケーの相手と話しながら、時々、道路の向こうの方向を見ている。まるで今がどこなのか、この道はどこまで続いているのか、自分達はこれからどこへ向かえばいいのか確認しているように…だ。
「ま、まぁ、よくわかんないけど、少なくともあたし達よりかはどこへ行くべきかを知ってるんでしょ」
そう言ってとりあえずは他の連中を安心させておく。そりゃどこへ行くのかを誰にも伝えてないんだからな、不安にもなるだろう。
電話が終わってからタエは俺達の元へとやってきて言う。
「そろそろ夜になるから、ここいらで野宿だね」
そんなトンデモない言葉がタエの口から出たのだ。
「え?!タエは野宿は嫌だって言ってたじゃん?!」
「つか、しょうがねぇじゃん!!泊まるとこないんだから!」
「…それならさっきの成都で泊まればよかったじゃん?」
そう言う俺に同調したのかエルナもファリンもウンウン頷く。
「知らねぇよンなの!!ここで4時間ぐらい寝てからまた移動するの!スケジュール詰んでんの!スケジュール!」
なんてプロデューサーかお前はっていうぐらいにタエは持ってもいない腕時計があるかのように、手首をツンツン叩いて言う。
仕方ない…。
今日はここで野宿だ。