162 脱出経路 1

結局、エルナは祖母を見つけたわけだが、エルナが日本に連れて帰ろうと説得するも説得には応じなかった。
それは俺にも理解出来たし、エルナ自身にもわかっているはずだ。理由が分かってはいるけれども、様式美として、家族だから一緒に日本に帰ろうと言うものなのだ。
祖母であるサキが残る理由…。
一つは祖母のジャーナリズムっていうやつだ。
ミステリースポットを巡るマニアに危険だからそれはやめろと言ってもやめないようにエルナの祖母のサキもまた、中国という魅惑の土地を離れるのは宝島の宝を持ち帰らないのと同じってことだ。
もう一つは困って頼ってくる人がいるから。
自分を含めて多くのバックパッカー重慶にはまだ存在している。国家が転覆されるような事態に陥っているから、バックパッカーには安全に日本に帰るための手伝いをするのだとか。
これだけ義体を使いこなして義体の耐久年数超えてもまだ生きていきそうなタフなババアだからエルナが心配するには及ばないだろう。
などと思っている俺に、帰り際にエルナの祖母のサキは小さなハンカチを手渡した。
「え?中国土産ってやつ?ほほぅ…これはどっかの部族のが着用していた衣装の切れ端のような…美しい文様ですね…100万はくだらないでしょう」なんて俺の脳裏ではこのハンカチが後にじつは中国王朝のハンカチでマニアの間では1千万ぐらいの価格で取引されるという妄想が駆け巡る…が、それは結局、妄想に過ぎなかった…。
「お主はドロイドバスターじゃからのぅ、これの使い道も分かるだろうて。ワシが持っていてもまた部屋を荒らされて奪われるだけじゃ」
ハンカチの中を開いてみる。
中にはデータカードが入っている…。
「例の研究施設の中にあるものが荒らされて盗られる前に、ワシがデータだけを抜き取ったのじゃ。ワシにはそれが何を意味するものなのかはさっぱりわからんが、お主は持っていても使い道が、少なくともワシよりはあるじゃろうて」
「えっと…ありがとう…。中はグロ中尉なのかな?」
「グロ中尉もあるし、わけのわからん電子文書も入っておる」
「なるほどなるほど…」
っていうか、ドロイドバスター生成に失敗するようなマッド・サイエンティストの資料はケイスケからしてみればクソみたいなもんだけどな。俺の知識を満たす上では役に立つだろうゥゥ…。
そういうわけで、俺達はエルナ祖母であるサキ婆に別れを告げて…っていうかエルナは別れ際にポロポロと滝のような涙を出してなかなか立ち去ろうとしなかったから俺は無理やり引っ張っていく事になったよ。
…。
ま、とにかく、俺達はファリンの実家へと帰ってきた。
帰ってきてからまずは安心したよ。
タエは俺達と別れた後にそこいらの電波が届くスポットを探して行ったのだが、無事に戻ってきているからだ。
だが成果はよくはないようで、疲れた顔で手を振っていた。
既に夕食はファリンの家族と一緒に食ったようだ。
「どうだったの?」
と、俺が聞くと、
「ダメだ。ぜ〜んぜんダメ。通信は繋がるんだけどしばらくしたら途切れる…装置が悪いのか、人為的にそうさせてるのか」
「逆探とかされたらヤバイよ」
「わーってるよ、だから場所をかえて試した。全然ダメ」
回線は開いていても繋がらないっていうとあーうーとかンフトバンクの回線詰まりを彷彿とさせるな、繋がってもネットデータの送受信はされないのにあーうーもンフトバンクもCMでは繋がります繋がります言ってて詐欺で消費者保護団体に訴えられて社長が逮捕されたっけ?
「ふむ…自力で脱出するしかない…か」
俺はタエが持っているPSPに表示された重慶市内マップを見ながらそう言った。
マップにはタエがメモったであろう通信スポットが羅列してある。
おそらくはWiFiだかBluetoothだかRedtoothのマークだろう。広域通信は最初にタエが言っていたように、まず停止させられたからだ。
「いや。それは本当に最後の最後の手段だよ。つか、それを使っちゃったらアタシとアンタだけしか生き残れないじゃん?」
「まー、そうなるけどね。そんじゃどうすんのさ?」
「しょうがない…最後の一歩手前の手段を使うしかないね」
「最後の一歩手前ェ?」
なんか神妙な顔でタエがそう言うから策はあるんだろうけれど、どのみち最後の辺りの手段ってことで悪い予感しかしないのは俺だけか?
「はぁ〜…明日から出発だからさ、アンタも休んどきなよ」
パンパンと俺の肩を叩いて1人、出掛けるタエ。
どうやらまたシャワーを浴びに行くようだ。
とりあえず礼儀として覗きに行っておくかな。
「覗いたら殺す…」
「なんで心が読めたの?!」
「顔に覗きたいと書いてあるから」
「書いた覚えはないんだけどな…」
そんなやりとりも力なく、最後はタエは犬でも追い払うかのようにシッシッと俺に向かって手を振った。
思った以上に疲れているようだし、それに…精神的にも参っているようだ。最後の手段の一歩手前の手段だっけ?…それを使いたくはないってのがバレバレだ。
結局は、その日のうちは最後の一歩手前の手段が何なのか俺には話してはくれなかった。