161 アカーシャ・クロニクル 5

そういえば何故俺達はこの場所に来たんだろうか、などと誰もが思い出しそうになった時だ。
「ワシの家に寄っていくか?」
幼女その2がそう言ったのだ。
「それはそれは、ご両親にも悪いですし…」
なんてことをエルナは返す。
このまま俺達が家に行けば時間的にも幼女の両親と高確率で遭遇しそうだ。いつの間にやら夕飯時になっていたし、エレベーターの中に住んでいる人も夕食の支度を始めたからだ。
「まぁそう遠慮はするな。ワシしか住んでおらん」
「1人で住んでるんですか?!」
「ワシもそもそもはバックパッカーの1人なのじゃよ」
「へぇ〜…」
途中の階でエレベーターは止まり、ただでさえ狭い廊下に生活臭漂う様々なものを散らばらせたいっそう狭い廊下を歩く俺達。
どうして中国人はこういう『公共物』を独占しようとするんだろうな。そして必ず、この場所は誰それの場所だ、いや俺の場所だと言い争いになる。歴史の教科書の中にも中国人の中華思想は世界征服のソレと全く同じだと指摘されていた。おそらくは小さいところではこんなもんで、最初は本当に公共の場所の取り合いなんだよ。
そんなクソ汚らしい廊下を歩いた先に幼女その2のこじんまりとした部屋があった。
手に持っているカギをかざすと赤外線でもキャッチしているのか宙を左右させる。するとしばらくしてロックが解除される音が聞こえる。
「随分と厳重なのだな、電子ロックとは」
幼女その1がその2に聞く。
「前に部屋の中を荒らされたのじゃ。ワシの部屋に盗るものなぞ無いはずなのだが…どうも、ワシが調べておる資料を盗られたようでの。それはワシの趣味の一つなのだから、趣味のものを盗られるのはそれはそれで困るんでの。こうやって厳重にしとるのじゃ」
再び別のキーを宙にかざす。
別のロックが外れる音が中から響く。
「2重の電子ロックですか?」
エルナが聞く。
「うむ。ドアの奥に設置してあるクレイモアのロック解除じゃ」
「」
どんだけ厳重なんだよ!!
部屋の中はところ狭しと生活用品があるのだが、奥には俺が目を輝かせるようなものが存在していた…そう、Mapple社のパソコンだ。
「うっひょー!!やっぱデキる人はMapple社のパソコンだよね!!いいね!このディスプレイ!!ドザ機と違ってフォントが美しいから一瞬でわかったよ!やっぱ美しさこそ正義だよね!」
「やらんぞ」
「別にいらないよ!っていうか持ってるよ!!」
そんなやりとりを俺と幼女その2が話していると、ふとファリンがパソコンの周囲にある新聞の切れ端のようなものを手にとって読んでいる。声に出して読んでいる。中国語なので何を言っているのかわからないが、後でそれを日本語に訳した。
「日本人観光客の行方不明者」
ぽつりとそう言った。
ファリンが親指で指している場所には顔写真がいくつも貼ってあり、どうやら『尋ね人』のような使い方をされている欄のようだ。っていうと日本人観光客が行方不明になったっていうのを家族が探しに来たってことか…今しがた俺達がここへ来た理由を思い出したよ。
エルナの祖母もここで行方不明になったんだよな。
幼女その2はファリンが手にとった新聞を見ながら、その新聞を何故集めていたのか理由を話し始める。
「もともと、ワシは日本から重慶へアングラ的なものを探しにきたんじゃよ。さっきの人肉食もそうじゃが、ダルマだとか、人売りもじゃ。そういうヤバイ情報を探しておると、どうしても自分が求めていないヤバイ情報を得てしまうものじゃ。ワシ以外の日本から来たであろうバックパッカー達も一部はまるで『廃墟巡り』のように自ら危険な場所に踏み込んでいくものもおった。きっとそれがいわゆる『ジャーナリズム』という奴なのじゃろうて。しかし、トラブルに巻き込まれる事も少なくなく、ワシはバックパッカーどもに安全な旅を提供しようと努力はしたのじゃがなぁ、いかんせん彼ら彼女らの求めておるものは安全とは対にあるものじゃからのぅ…」
そして幼女その2は新聞をエルナから取って、
「行方不明になったバックパッカー親御さんがここに来た時に、ワシも頼りにする。そういう一人旅が自己責任とは言えど、帰りを待つ家族には何ら責任はないのじゃから、なんとかしてやれんもんかとなぁ…と、ワシは人探しもしておった。いかんせん中国は広い、人も多い、まず見つかることはなかった。本人が日本に帰る以外はな」
「おぬしはご家族はおるのか?」
幼女その1がその2に聞く。
「ワシは年齢が年齢じゃて、今更日本に帰らんかったところで誰も心配するはずもなかろうて」
「そんな事ないですよォ!!」
エルナがそう言った。
「もう孫がおる年齢なのじゃ。こう見えてもな…」
…って、マジかよ!!
どう見ても幼女だろうが!!
「家族はいつまでも家族ですゥ!!どんなに時間が経っても、例え死んでしまっていても家族なんですゥ!!」
「そう…じゃな。ワシにも孫がおるんじゃが、元気にしておるかのぅ。今も元気なら二十歳かそこらじゃが」
「お孫さんは日本にいるんですか?」
「そうじゃが、ワシの血を引いておるのか、ジャーナリズムむき出しで色々なところに首を突っ込むのがタマに傷でのぅ。ワシがやったベレー帽をいつも頭に被って…年齢的にはお主と同じぐらいじゃないかのぅ?」と幼女その2はふとエルナのほうを見て、
いや、ベレー帽をマジマジと見つめている…。
嫌な予感がするぞォ…まさか…まさかァ?!
「そのベレー帽、ちょっと見せてくれんか?」
「あ、はぁ?」
「むむむむ!!!」
「はぁ…」
「お主、まさか名前をエルナと言わんかったか?」
「そうですよォ…っていうか、最初に自己紹介したじゃないですか」
「お主の探しておる祖母の名は『久万田・咲』ではないか?」
「なんで知ってるんですか?っていうかもしかして、犠牲者の中にィ?!」そう言いながらエルナは新聞をジロジロと見渡す。
恥ずかしそうに頭をポリポリ掻きながら幼女その2が言う。
「ワシじゃよ、ワシ。『久万田・咲』はワシじゃて」
…。
「「「」」」
…。
「何年も経っていると人は変わるものじゃのぅ、エルナと最後に会った時はこんなに(自分の足の膝ぐらいを指さして)小さかったのにのぅ…こんなに巨大になってしもうて。巨人化でもしたのかのぅ?」
いやいやいや、幼女の足の膝ぐらいの身長ってもう人じゃねぇし!!小人だし!!…っていうか人の事言えんのかよ!!
どんだけ変わってんだよお前のほうは!!!
「わ、わ、分かるわけないじゃないですかァァッ!!どんだけ変わってるんですかァァァァァァァ!!!」
エルナが幼女その2の身体を両手でガシッと掴むと持ち上げてガタガタと揺らしながら叫んだ。
「これは義体っていう奴、サイボークじゃのぅ」
「さ、さ、さ、サイボークゥゥゥ?!」
「なんじゃ、最初にワシの事を探しておるのなら、ワシに言ってくれればよかったのにのぅ、お主らもマヌケじゃのぅ」
…。
「「「おい!!!」」」