161 アカーシャ・クロニクル 3

…という夢を見た。
俺は起こされたのだ。
いや、あれは夢なんかじゃない。
夢のようなはっきりと現実と空想を分け隔てている感覚とは違う。何故なら、今、幼女その2に揺り動かされている今も、視界の片隅に見えているからだ。
「び、びっくりしたぞ、一体どうしたのじゃ?」
「な、何が…起きたの?」
「突然倒れるから…それはこっちが聞きたいぐらいじゃ」
夢…じゃないぞ。
あの巨大な試験官の残骸のようなものが、埃を被って俺の目の前にある。
それは割れていて、ガラスが周囲に散らばっている。もちろん、そのガラスにも何年も掛けて埃が積み上がっているわけだ。
何より気になっているのは、そのガラス片は外へ向けて散らばっている事だ。つまり、この巨大なビーカーだか試験官だかの中から外へ向けて何者かが、強化ガラスをぶち壊した。
いや、「何者か」などという遠回しの言い方はやめよう。
ドロイドバスターが、だ。
明智教授はあの後、ドロイドバスター生成実験を行った。
もしケイスケが俺をドロイドバスターにした時のようなものを『成功』だと表現するのなら、おそらくガラス片が外へ向けて飛び散っている今のこの現状は『失敗』だ。
俺は巨大試験官に近づいて言う。
「ここでドロイドバスターの生成が行われていた」
「なんじゃと?!」
「ドロイドバスター…の、生成?」
俺はグラビティコントロールを用いて、散らばっているガラス片を宙に浮かせた。そのままそれぞれのガラス片をパズルのように一つ一つ、元の試験官に戻していく。
すると、今まで見えなかったが、この巨大試験官のそこには乾いた皮のようなものと骨が転がっているのがわかった。遠目に見ればそれらはまるで交通事故に遭遇した野生の動物が何年も掛けて雨風に晒されて干からびた肉や皮や骨の集合のようにも見える。
が、これは俺の見た過去のこのフロアで起きたことを生とするのなら、ドロイドバスター化実験の被害者の1人だ。
俺は言う。
明智教授は日本からバックパッカーで訪れている女性に声を掛けて、彼女等に近づいて、実験の道具に使っていたんだよ。でもこの実験は失敗してる」
「なぜ、そうわかるのじゃ?」
俺は今しがた組み合わせた試験官のガラス片パズルを、再びグラビティコントロールを使って、外へ向かって散らばる様としてシュミレートさせながら言う。
「ドロイドバスター化が失敗したらわけのわからない化物になるんだよ。その化物は試験管をぶち破って…」そう言いながら、俺はフロアの地面についた傷やら壊れた機器、ケーブル、床などを指さしながら、「ここを走って、そのままビルの外へと出た」
そう。
このビルは内側から外側へ向けて、まるで爆撃でもしたかのように粉砕されていた。
何らかの化物的な何かはビルの外へと向かって逃げ出したんだ。
それは過去のビジョンでは語られてないからあくまで俺の憶測に過ぎない。それに、ビルの外へと出た後に何かをしたのなら、その痕跡はあるはずなんだけど、それもない。
ここから地面に落下したらあの化物的な何かでも死ぬからか?
「ファリン、このビルでは過去に事故か何か起きてないの?」
「事故や事件はいつも起きてる。けれど、こんな風に、ここ、フロア吹き飛ぶとかの事故、私は知らない…みんな知らない。だからここ、危険なところだって言われてる」
…って、おいおい!!!
何やってんだよ!!
幼女その2はどこから拾ってきたのか鉄パイプのようなものでビーカーだか試験官だかの底にある皮や骨やらの残骸を引っ張りあげているではないか!!
「ちょっ、何やってんだよォォ!!」
「この乾いた干し肉みたいなのは何なのじゃ?前から気になっておったのじゃが」
「それは人間だよォォォォォ!!!!」
「こ、これが人間なのか?!てっきり干し肉かと」
「なんで試験官の中で干し肉作ってんだよ!!っていうか、突っついたり引っ張ったりするのやめなよ!バチが当たるよ!!」
「しかし、ドロイドバスター化の実験とやらをやっていたとして、それは本当に日本人だけだったのじゃろうか…。ワシが見る限りは日本人のバックパッカーはそれほど多くは無いと思うのじゃがな」
そう言いながら幼女はフロアの奥へとさらに進んでいく。
「っていうと、どういう…?」
「この奥にはもっとたくさん干し肉が転がっておるのじゃ」
「マジ…で?!」
奥のフロア…という場所には、おそらくは実験に使われていたと思われる機材が転がっている。未使用なものもあるし、宅配されて未開封のものもある。
そんな中にそれらはあった。
そこらのスーパーでも売っているであろう、麻袋の中に、人の骨らしきものがはみ出している。1つや2つのレベルじゃなく、沢山。
麻袋の中身が全て骨だと過程すると相当な数だ。
「こっち、子供の骨もある」
ファリンが鉄パイプで麻袋の1つを引っ張って床に中身を出しながら言う。
「こちらは動物の骨のようじゃが…」
幼女も同じように、まき散らしてる。
「警察はここの事は何も?」
「うん」
ファリンが静かに答えた。
確かに中国の警察っていうと汚職まみれで金さえ積めばなんとでもなるっていうイメージはあるし、良くも悪くも、イメージ通りなんだろう。教授が金を積んで黙らせていたか…もしくは、警察そのものも協力していたか。
いや。
そう考え始めると国家権力として協力関係にあったんじゃないかって思えたりしてくる。
ケイスケは俺をドロイドバスターにしたけれど、じゃあイチやジライヤはどうなるんだ?あれはケイスケ以外の人間がドロイドバスター化に関わっていたと思われるじゃないか?
日本でそれなんだから、中国で同じ事があってもおかしくない。
中国政府と繋がりがあった…ってことを意味してるんじゃないのか。
「ファリン、李国家主席はドロイドバスター化計画について、何か言ってた?」
ファリンは首を横に降った。
腕を組んでみる。
そして考えてみる…。
「中国では人の命は軽いのじゃ。ワシは何年もここいらで暮らしておるからわかる。人の子供は殺されてスープにはなるが、牛は殺されたらスープどころの騒ぎではない。1ヶ月ぐらいは食べるものに困る事はないのじゃ」
明智教授とは一度、2、3言、話してるからわかるけれど、自分の研究の為なら色々なものを投げ出すような人間だった。それこそ、マッド・サイエンティストのソレだ。金も地位も名誉も投げ出して中国に来て、人としての倫理も投げ出したってことか。
政府と関係があったというのはまだ考えないでおこう。