160 叔母を探して3000里 5

「中国には『医食同源』という言葉がある。食べ物は身体を形作るものだから、正しい食べ物を食べる事は正しい身体を作ることになり、正しい人生を歩むことに繋がる」
まるで100円ショップの陳列棚のように至る所に商品を積み上げた小さな売り店が連なる猥雑とした雑居ビル内に儲けられた商店街を突き進む幼女その2。
その後ろを俺達は歩く、そして、幼女その2の話を聞いている。
「人は定期的に生まれかわるという話だな。脳細胞や一部の神経組織を除いて、身体を構成する物質がある周期で、全て食べたもので全部入れ替わるという」
「そうじゃ。食べ物を…『食べる事』を軽くみるなという事じゃ。カップラーメンばっかり食べていたものは10年、20年経てば、身体を構成する物質は全てカップラーメンから作られる事になるのだからな」
「まぁ、それはそれで見てみたいものだけれど…」
そう俺が返すと、
「日本人でも食べ物に興味のない奴が沢山おるじゃろう。酒やタバコを好んで、暇さえあればビデオゲームやらギャンブルで時間を潰す。食べる事を軽視する連中じゃ。そういう輩は、痩せこけて腑抜けた日本人と世界に見られておる。まぁコレステロールたっぷりのジャンクフードだけを食べ続ける白豚アメ公といい勝負じゃな」
そんな事を、10歳は満たないであろう年齢の幼女が言う…。
いつしか俺達は小汚い食堂のようなところへ案内されていた。
もうちょっと立派なレストランを想像してたんだけれど、さっきから続く100円ショップの陳列棚のような店が並んでいるなかで突然高級レストランなぞ現れるはずもないと心の奥では期待はこれっぽっちもしていなかったから「あぁ、やっぱりか」といった思いだ。
機能面を重視してるのだろう、まるでシャワールームのようなタイル貼りなフロアでプラスティックテーブルが並んでいる。確かにこうすると丸洗いができるけど、雰囲気はないなぁ…。
地元ピープルらしき人達がそこで中華料理を楽しんでいる。
が、やっぱ、日本で見るようなものとは違う。
いかにも中華料理です、というようなインパクトのある色使いで味の濃そうなものではない。スープに野菜と肉を入れたような味気ない地味なものをみなさん召し上がっているようだ。
幼女その2は流暢な中国語で店員に何か言っている。
意味はわからないが、おそらくは「金は沢山あるから一番高いものを持ってこい」という意味なんだろう。
「どうやら今日は普段食べれない飛び切り高級な料理の材料を仕入れたようじゃの。じつはワシも食べたことがないのじゃ」
高級な材料…フカヒレとかかな?
「楽しみですねぇ!!うふふふ…」
安っぽい椅子に腰を下ろしながらエルナが言う。
「フカヒレやアワビなら日本でも食べたことがあるのだ。やはり貧民街だからそういうものはなかなか手に入らないのではないか?」
幼女その1は既にフカヒレやアワビがくる前提で話をしている。
ファリンはメニューを見ながら、
「フカヒレもアワビもメニューにない」
などと呟く。
メニューにおいてないもの…。真のお金持ちでしか食べることが出来ないということか?確かに下手にメニューにそんな豪華なものを出すと、野菜と肉をだし汁に入れたような料理を普段から食べてる貧民街の人達の激しい嫉妬を買って店が襲撃されてしまいそうだ。
もし俺が店長なら隠しメニューにして金を持ってる人にだけこっそりと提供しようと考えるな。
それから小一時間経過…コース料理ではないらしく、しばらく待たされたあげくに巨大な鍋を手押し車に乗せて店員が忙しく俺達の席まで運んで準備をし始めたのだ。
並べられるのは直径30センチぐらいの土鍋みたいな大皿、そして10センチぐらいの小皿。手押し車に乗せられた土鍋の下にはコンロが敷いてあり、グツグツと中のものが美味しそうな音を立てている。
店主が蓋をとると湯気が立ちこめる。
店内の客も一体何が起きるのかと不思議そうな顔をしている。
どうやら、普段からこの店に行き慣れてれている客も、この料理がなんの料理なのか知らないらしい。
「美味しそうな匂いがしますぅ」
エルナが目を瞑ってパタパタと手で顔を仰いで匂いを嗅いでいる。
「薬膳料理ではないか?なかなかいい香りだ」
幼女その1も期待に無い胸を膨らませている。
店員が俺達それぞれの席にまわり、直径30センチの土鍋に何かの煮物を入れていく。スープのようにも見えるが、しっかり野菜が入っていて鶏肉だか豚肉だかがその隙間に見え隠れする。
薬膳っていうのは味を調整する為に出汁の中に入れているようだ。手押し車に乗せられた巨大鍋に網目のついた袋が内部に吊るされており、そこに干した草のような、実のような、そういったものが沢山入っているのが見えた。いい香りはそこから漂ってくるようだ。
「このスープ…なかなか香ばしいぞ。一体何の出汁をとっているのだ?確かに薬膳スープのような香りもするのだが、あくまでこれは味を抑える為に入れてあるように思える」
幼女その1は美味しそうにスープを啜っている。
幼女その2も野菜をほうばりながら、
「意外と美味しいものじゃのぅ」
とニコニコ笑っている。
さて、俺も味を確かめてみるか。
これでもボッチで様々な料理を嗜んできたのだ。俺の肥えた舌を満足させるほどの味があるのか、いざ、勝負だ。
…。
などと思っていたのだが、なんかさっきから視線を感じる。
おかしいな。
背後カラではなく、正面からだ。
俺はさっきから正面、つまり土鍋の中しか見てないはずなのに。
土鍋の中から視線を感じるぞ…。
ん?
この野菜を帽子のように被っているのは、何の肉なんだ?
何かの頭部のように見える。
鳥か?
豚にしては小さいぞ…。
俺は、その帽子のように被っている何かの『帽子』の野菜の部分をとった。というか、本当に帽子のように…。
髪だ…。
この野菜のしたに、髪がある。1本や2本なら「おい、店員、お前の髪が入ってるぞ、こんなもん食えるか!」と言いたいところだが、そうじゃない、髪が生えているのだ。まるで…赤ちゃんの生えかけた頭のように、薄く細い産毛の長いやつのようなものが、びっしりと…。
俺は震える手で箸を持ち、スープに使っているその『頭』のような部分を持ち上げてみた。
「…」
目が合った…。
というか、目は、完全に煮だした後で黒目の部分が白く濁っていて、真っ白になった目と真っ白な顔、そして産毛…それは、猿のようにも見えるが猿のように口の部分が出ているわけじゃない。
猿以外で猿に近い顔を持つのは…一つしかない。
「な、な、な、な、なんじゃこォォりゃあぁぁあああぁ!!」
どう考えても『赤ちゃんの頭部』に見える肉塊をスープから持ち上げながら叫んだ。
と、同時に、エルナも興味があったのだろう、野菜をどけて下に眠っている肉を…赤ちゃんの腕以外の何物でもないソレを、持ち上げやがった。叫び声を上げながら。
「「ヒィィイイィィィィィイイッ!!!!」」
エルナとファリンが叫び声をあげて席から飛び退く。
幼女その1なんて赤ちゃんの太もも部分の肉を美味しそうにガンジガンジ噛みながら、俺達が叫び声を上げた時にふと自分が持っている肉の先端部分、つまり足首のほうを見て、ようやく食っているのが赤ちゃんの太ももだというのがわかって、
「ゲェェェェエェェ!!!」
そう叫んでから口の中にある肉を土鍋に吐き出した。
そんな中落ちついた声で幼女その2が言う…。
「これは野菜と出汁を楽しむものであって、肉の味は全部出汁に染みだしておるのじゃ。もうパサッパサで食べれるものではない」
とかノンビリ言ってるぞおい!!
もっと驚くところがあるだろうが!!