160 叔母を探して3000里 3

エルナが持っている祖母の写真。
もしここでネット接続が可能であれば俺の華麗なaiPhone捌きにより、Coogle ストリートビュー・アナライザーでこの写真が撮られた場所を特定できる、かもしれない。もちろん中国だから更新間隔がゆるいとか特定の政府施設には中国政府の許可がおりずにアナライズできない事だってあるかもしれないが、それでも可能性はゼロではない。
しかし、今は可能性はゼロだ。
こんな写真は現地の人に見せるぐらいしかできない。
現地の人…ダメモトでファリンに見せてみるか。
それと、スカーレットが意味深にも俺が中国へ向かう前にこの祖母についての話を俺にしてきたってことは、ある意味、俺が広大な中国へ向かう事を知っていて、どの場所へいつ行くのかまで知っている可能性がある。その前提なら思っているよりも簡単に目的を達成できるかもしれない。ある意味布石を敷いてくれているのを期待するか。
「この場所、知ってる…でも…」
ファリンに見せた後に返ってきた答えは、
「この場所、もう今は写真とかなり違う」
想定していたものとは違う。
「どれぐらい前かわかる?」
「20年ぐらいまえ…」
え?
俺は写真をエルナに見せて、
「おばあちゃん、何歳なの?」
そう問うた。
エルナは苦笑いをしながら、
「最後に会ったのが…70歳ぐらいで…」
「…」
「私が子供の時だから…」
「…」
「今は90歳ぐらいですゥ…」
「そりゃ死んでるじゃん、普通」
「そんな事ないですぅ!!」
「だって90歳でしょ?生きてたら『あぁ、まだ生きてるんですか、お元気ですよね』って言われるレベルだよ。あくまで日本の話だよ。この中国の過酷な環境だったら死んでるよ」
「不吉な事いわないでくださいよォォ!!」
そうは言ってもなぁ…この写真自体が不吉な気がするんだが。
そう思って俺は写真をクソでも触った手を素早くクソから放すように、地面に放り投げた。
「って!何やってんですか!!やめてくださいよォ!」
拾うエルナ。
「とりあえず、その場所、行ってみるか?」
ファリンが言う。
「近いの?」
「車で行けば30分ぐらい」
言うが早く、幼女は準備を始めていた。と言ってもクマのぬいぐるみの人形を再び活性化させて立ち上がっただけだが。
「行きましょうよ!ぜひ!」
ったく、調子に乗ってきやがったなエルナの奴。
「仕方ないなぁ…」
俺も重い腰をあげた。
…。
それから小一時間してから4人で写真が撮られた場所へと向かった。
ファリンは語らなかったけれど、旧市街地でもおそらく治安が一番悪いところだろう。何がそう感じさせるかって、そりゃそこら中にゴミが散らかってるし落書きが描かれてるし、仕事もせず昼間っから寝そべっている乞食のような奴らがいるからだ。
中には死体のような、いや、死体が転がっている。
「この写真にある家、ホテルになった。今は海外旅行者、この安宿を利用してる、みんなそこで仕事をする」
旅行者が仕事?
あぁ、えっと、なんだっけ?
言葉が思い浮かばない…。
バックパッカー、という奴だな」
幼女が俺が言いたかった言葉を言ってくれた。
「なんですか、それ?」
エルナが問う。
「旅費を持たず、旅行先でバイトなどをしてお金を稼ぎ、それを旅費にするのだ。日本人が定義するところの『旅行』というイメージとバックパッカーはかけ離れているな」
「そういう人もいるのですねぇ…」
「日本でも海外労働者が集まる街が大都市の周囲にはあるぞ。大阪だとあいりん地区などはそうだな」
あいりん地区か。
あまり良いイメージはわかないな。
ドヤっていう安ホテルに乞食やバックパッカーや日雇い労働者を集めてるんだっけ?そんでトイレの注意書きに『便器に注射器を捨てないでください』って書いてあるんだよな…注意すべきところはそこじゃねぇだろ、っていう。
「ここは大都市、重慶のあいりん地区、というべきところだな」
幼女がそう言った。
そんなキーワードがおそらくはこのベレー帽を被って訝しげな表情をしているエルナの脳にチクリチクリと攻撃をしてるのではないか。治安が悪い場所、あいりん地区、日雇い、バックパッカー…アジア一人旅。つまり、エルナのおばあちゃんの、終の棲家。
「こりゃ死んでるね、死体の処理に現地の人も困ったろうに」
「キミカさぁぁぁぁーん!!」
そうこうしているうちに、目的のホテルに到着した。
と、いっても、ホテルというにはあまりにもボロい…日本軍に絨毯爆撃された後の傷跡もなんら補修しないまま残ってるんですが。それでもこのホテルが安定して立っているのは優れた建築技術か、それともそもそも中国では地震が少ないからか、今まではなんとか耐えたけど…俺達が入ったら斜め45度ぐらいにひっくり返るオチが待っているのか。
ん〜…いや、最初のは訂正しよう。
20年ぐらい前にホテルが建築されたにしてはボロすぎるし、もう休戦協定が結ばれた後の話じゃないか。なんで爆撃の痕があるんだ?
「この写真の場所、もう存在しない」
ファリンが言う。
「唯一の手掛かりだったのに〜!」
エルナも言う。
「でも、バックパッカーとしてここを終の棲家にした可能性はあるよね?死体とか転がってるんじゃないの?」
「きぃみぃかぁ…さぁぁぁぁーん!!」
「冗談だよ!冗談!そんな貞子みたいな顔しないでよ」
すると、腕を組んで考え事をしていたクマのぬいぐるみこと、安倍議員が言う。
「たしかに、仮に死んでいたとしても、その形跡は残っているだろうな。後でホテルを散策してみるか」
「あと…で?」
「腹が減ったのだ」
俺達はここいらのタイミングで食事を摂ることとした。